エロあり/切ない
和希は自分の足の間にいる男の名を、そっと呼んだ。彼は先程から執拗なほどに、性器を舐めては扱いてくる。いつもより丹念に愛してくるユキに、和希はじれったさを感じていた。
これで三度目の「同じ季節」だった。
「ユキ」
和希は自分の足の間にいる男の名を、そっと呼んだ。彼は先程から執拗なほどに、性器を舐めては扱いてくる。いつもより丹念に愛してくるユキに、和希はじれったさを感じていた。
互いに素肌を晒し合ってから、もう随分と時間が経っている。
「ねえ、ユキ……っ」
呼び掛けを無視する男の栗色の髪をギュッと掴むと、和希はその頭を無理やり引き剥がした。顔を上げさせられた形のユキは、目を細めて不満そうに唇を尖らせた。
「何が嫌なんですか」
家庭用アンドロイドであるユキは、何年経っても和希に対して敬語のままだった。
親代わりとしてユキが来てから十一年以上経つが、標準で装備されている「主には敬語であるべし」という情報は、今も有効であった。小学校に上がった頃、両親は事故で亡くなっており、以来ここ高梨家の主は和希であるからだ。
「嫌って訳じゃ、ないけど」
唾液塗れにされた性器は、硬くそそり立っている。むしろ今にもはち切れそうになっているのに、どうして止めるのかとユキは青い目だけで訴えてきた。
「その……」
「どうしたんですか、和希」
「何て言うか、その、あの」
「はっきり言いなさい」
ユキは一度膝立ちになってから、ゆっくりと和希に覆い被さってきた。触れ合った肌は冷えていたものの、重なった相手の性器は、自分と等しい硬さを持っている。
切れ長の青い目を縁取る長い睫毛、スッと通った鼻筋、薄い唇。それらを縁取る、肩までの栗色の髪の毛さえ、乱れることがない完璧なストレートヘアだった。
そして抱き締めてくる、程よい筋肉が付いている両腕。
アンドロイドであるユキは、完璧な容姿をしていた。
それは見慣れているはずの和希でさえ、じっと見つめられるとドキリとする。
ギュッと抱き締められた腕の中で、和希は顔を赤らめながらそっと呟いた。
「何か、イッちゃいそうだから」
「それの何が、駄目なんですか? あ、明日は学校がありますからね。余り無理をさせてはいけませんでした。今の時期が、一番肝心ですからね」
確かにこの六月は、高校三年の和希にとって大事な時期であった。真面目に通っているし、家庭教師をユキがしてくれていることで成績も良かったが、学校からの推薦で大学を決められるかどうかは、前期の成績に掛かっている。
しかし今は、そんな話をするつもりは微塵もなかった。
「いや、そうじゃなくてね」
「……違うんですか?」
「最悪、明日は休むつもりだから、いいんだって」
「それはいけません。一日でも遅れを取ると、後で響きますから」
「だからそうじゃなくて!」
親のような表情を浮かべ掛けているユキの胸を、和希は怒りを込めてドンと叩く。
今は、恋人としてだけの表情を、見せていて欲しかった。
「話、戻すけど」
「はい」
「その」
「何でしょう」
「……先、進めて欲しいなって、思ったんだよ」
そこまで口にすると、さすがにユキも気付いたらしい。途端に表情を変えてフフッと笑うと、今まで以上にきつく抱き締めてきた。
「なるほど。ようやく分かりました」
ニヤニヤしながら見下ろしてきた恋人に、ムッとした和希は唇を尖らせた。
「そんな表情も可愛いですよ、和希」
「どこが」
人が理想とする完璧な美しさを持つアンドロイドに、そう言われても説得力がない。和希は純日本人ということもあり、少し大きい瞳以外はごく普通のパーツを持つ、どこにでもいそうな顔をしているという自覚はあった。
たった今、重なり合っている手足も、長さは全然違っている。学校では平均的な身長の和希を、いつもユキは見下ろしてくる。
「全部ですよ」
「……意味分かんない」
「和希の可愛さに気付くのは、私だけでいいんですよ」
「え?」
言葉の意味が分からず、首を傾げた和希に、ユキは触れるだけのキスをしてきたかと思うと、続けてこう囁いてきた。
「誰かに見つかったら、取られてしまうかもしれませんからね」
滅多に表には出さない、ユキのさりげない独占欲を見せられた気がして、和希の頬は一瞬で熱を持った。きっと赤くなっているに違いないそこを、ユキの両手がそっと包んでくる。
「和希」
愛おしそうに見つめてくる視線に対して、誘うように瞼を閉じると、唇を重ねられた。
和希は触れ合うだけのキスを受け止めながら、ユキの左手に頬を摺り寄せる。完全な人型アンドロイドであるユキは、体温は低いものの、肌の感触などは人間そのものだ。しかし今は左手首から先だけ、シルバーメタリックの基幹部分が剥き出しになっている。
原因は、和希にあった。
「まだ、気にしてるんですか?」
それはちょうど一か月前、和希がユキと一緒に夕飯を作っていた時のことだ。恋人との会話に夢中になっていた和希の肘が、揚げ物用の鍋に引っ掛かった。ハッと気付いた時には動けなくなっていた自分を、咄嗟に突き飛ばしてきたユキは、左手に高温の油を被った。
「……だって、僕の不注意だから」
「確かにそれはそうですね。いつも私が守れる訳ではないですから、今後は気を付けて下さいね」
「それは……そう、だけど」
注意するだけすると、キスの続きをせがんできた恋人を、和希は一度押し留めた。油ごときで壊れることはないにしろ、人間の皮膚を培養して作られた肌が、真っ赤に爛れたことには変わりなかった。
本来ならば、すぐにメンテナンスに向かわせるべき状態だったが、定期メンテナンスが控えているから大丈夫だと、ユキは爛れた皮膚を引き剥がしただけで終わらせた。
丸一日がかりで、必ず年に一度行われる定期メンテナンスは、明日行われる予定だった。
「私が明後日帰ってくれば、元に戻っていますから」
「……そう、だね」
ついさっきまではちぎられた皮膚を痛々しく感じていたのに、それが何事もなかったかのように復元されると思うと、和希の心はギュッと縮んで、そして傷んだ。
自分勝手な思いだと分かっていたから、言葉にはしない。
けれどユキは見抜いたかのように、和希を両腕で抱き直してくると、今度は深みのある口づけをしてきた。強引にも思える舌先が、内側の歯列をぐるりと舐めてくる。その感触だけで忘れかけていた欲望と熱を、和希は一気に思い出した。
「ん……っ」
どこが好きか知り尽くしているユキの舌先は、心ごと口の中を乱してくる。溢れる唾液を飲み込みながら、和希はユキの首にしがみついた。
今まで何度交わしたか分からない行為なのに、もっともっと欲しくなる。今触れ合っている全ての感覚に酔っていると、ユキの右手がそっと内股へと伸びてきた。
「足を開いて下さい、和希」
「……うん」
命じられるままに大きく足を開いたのは、そそり立ったユキの性器を押し付けられたからだ。
欲しがっているのは、自分だけじゃない。
そう思えば、羞恥すらも快楽へと溶けていく。
ギュッと目を閉じて待っていると、パチンとプラスチックが擦れる音がした。それはいつも使っている、ローションの蓋を開ける音だとすぐ分かった。
互いの呼吸だけが響く部屋の中、しばらくすると、濡れた指先が奥へと伸びてきた。
「あ……」
キュッと絞まっているそこを、冷たい指先が辿ってくる。しばらくはゆるゆると円を描いていた指は、唐突にぬるりと中へと入ってきた。待ち望んで熱くなっていた粘膜には、ユキの指はひどく冷えて感じられる。
「相変わらず熱いですね、和希」
楽しげに小さく笑ったユキは、グイッと一気に、奥まで指を収めてきた。その長さの分だけ体内が冷えたような気がして、和希は身体をブルリと震わせる。
けれどそれも、少し耐えればやり過ごせることを知っている。
「ユキ……ねえ」
「……どうかしました?」
「もう一本、入れて」
ユキの愛撫に慣らされている身体には、あの長い指でも、一本では物足りなかった。じわりじわりと愛される優しさではなく、もっと確かな快楽が欲しいと思った和希は、望みをそのまま口にする。
「いいですよ」
言葉が終わるとほぼ同時に、もう一本の指が捻じ込まれる。和希は先程とは違う震えで、開いた足をガクガクと揺らす。何度も奥から入口ギリギリまでを往復する感触だけで、気持ちが良すぎてたまらなかった。
窄みが慣れたタイミングを見計らって、ユキが和希の好きな場所を、グッと押し上げてくる。
「あ、あっ……そこ……っ」
「和希」
「んんんっ……」
「和希」
もう一度名前を呼ばれて、和希はゆっくりと目を開けた。そこにはいつもよりずっと青い目を潤ませて、浅い呼吸を繰り返すユキがいた。
「な、に?」
「早く、入れたいです。和希の、中に」
滅多に自らの望みを口にしないアンドロイドに、欲望をそのまま告げられ、和希の心臓はドキリと大きく脈打った。それが触れている指先に伝わったのであろうか、ユキは少し遅れて指を抜く。
絡んだ視線を合図に、二人は相手を手繰り寄せ、きつく抱き合った。
――気が付けば、カーテンの隙間から、まだ心許ない朝日がうっすらと差していた。
「もう、出掛けなければいけません」
枕元のデジタル時計を視線だけで確認したユキは、それまで決して離さなかった和希の身体から、両腕を解いた。何も言わなかった和希を気にする様子もなく、ユキはベッドからスルリと抜け出す。
一年に一度の、定期メンテナンスに向かう時間だった。
いつもの白いカッターシャツと黒いパンツを身に付ける間も、ユキはこちらに背中を向けたまま、何も言わなかった。和希も敢えて声を掛けることはなく、脱ぎ散らかしたままだったパジャマを拾い上げ、着ることにする。
衣擦れの音だけが、部屋の中で響いた。
「和希」
こちらを振り向くことなく、ユキがいつもの声で名前を呼んできた。
とても、愛おしそうに。
「……うん」
だから、無視できなかった。今にも震えだしそうな身体を必死に抑えて、和希はただそれだけを返した。
「私がいない間の食事は、冷蔵庫に入っていますから。ちゃんと温めて食べて下さい。そして夜更かしをしたり、しないように」
「……分かってる」
「それから」
ユキはそこで一つ呼吸を止めると、今までにない優しい響きで、けれどハッキリと言葉を続けた。
「あの『約束』は、必ず、守りますから」
「……うん」
「だから、お願いですから、待っていて下さい。私のことを」
そう言い残し、ユキは部屋から出て行った。パタリと扉が閉じた途端、和希はガクリとうなだれた。全身から緊張が全て抜け落ちてしまったのか、まともに力が入らなかった。
和希は涙を堪えながら、思い出していた。
初めてこの想いを告げた、高校一年の春のことを。
『和希の気持ちは、とても嬉しいですよ』
そう言ったユキは、言葉とは裏腹に、ひどく悲しそうな表情を浮かべていた。
最初はその理由が、分からなかった。
『でもね、和希。聞いて下さい。私たちアンドロイドは、一年に一度の定期メンテナンスで、不要なデータを消されてしまうんです』
『それが今、何の関係が』
『今、私は、親代わりのアンドロイドとしては不要な感情を、貴方に抱いています』
『……ユキ?』
『私は確かに、和希と同じ気持ちで貴方を愛し、触れたいとも思っています。けれど貴方の恋人になっても、六月になれば、私は恋人としての記憶と感情を忘れてしまいます。貴方を愛したことにまつわるデータは何もかも、消去されてしまうのです』
それでもいいと思った。だから和希は、ユキに抱きついた。
けれどその言葉の本当の意味を知ったのは、六月の定期メンテナンスから帰ってきた、ユキを見た時だった。恋人は愛し合った記憶どころか、和希に対しての余計な感情すら、失って戻ってきた。
一度目は、絶望しかなかった。
二度目は、悲壮だけを感じた。
それでも和希は、どうしても諦め切れなかった。ユキが不要なデータを失って帰ってくるたび、ゼロから愛情を求めて、そしてそのたびに同じ言葉を告げられ、傷付きながらも愛し合うことを、選んできた。
メンテナンスを行うたびに、ユキの記憶はリセットされてしまう。だからどれだけ大きな怪我を負っても、ユキはこの二年以上、定期メンテナンス以外は受けなかった。
それは、和希のためだった。
「ユキ」
愛おしい人の名前を呼びながら、和希は両手で顔を覆った。
涙は過去のように、流れることはなかった。
三度目の喪失は、やはり怖い。けれど今回、ユキはある一つの約束をしてくれていた。
『必ずまた、私は貴方のことを愛します』
そのたった一言だけを頼りに、和希はまた、同じ季節を巡るに違いなかった。
いつも。
いつまでも。
muramura02 | 15/10/23 14:38 |
同じ季節ってそういう意味だったんですね、最初はタイムスリップものかと
思ってしまいました。
(ちょうどバック・トゥ・ザ・フューチャーが話題になっていたので)
予想とは裏腹に、とても綺麗なイメージのお話で和希の気持ちがすごく切ないです。
こういう切ないお話大好きです。
あ、もう少しエロいところは見たかったかな。
あと、イラストがついててびっくりしました(笑)
なおみさま | 15/10/23 21:22 |
切なくて綺麗なお話で、好きです。
ユキと和希が次回もちゃんと繰り返せますように…。
まゆっち | 15/10/23 21:54 |
出だしからなんだか切ない雰囲気が文章から漂っていました。何度も記憶をリセットしたのに、必ずあなたを愛すると約束できるユキ、恐怖はありながらもその約束を守ってくれると信じている和希。とても切ないお話ですが、短い文章の中に大切な気持ちがつまっている感じがしました。もっとこの二人のお話が読みたいなと思いました!
xxxxssss96 | 15/10/24 05:37 |
綺麗でせつない余韻があります。
タイトルで想像した「同じ季節」を良い意味で裏切られ、ドキドキしました。
短編とは思えない程に引き込まれて、
戻ってきた後に2人が「巡る」未来も読みたいです。
胸にすとんと落ちてくるお話でした。絵も素敵。
B★B | 15/10/24 22:18 |
美しくも切ないお話で大好きです。傷ついても傷ついてもユキを求める和希が切ない。
nanakka | 15/10/25 03:19 |
とってもよかったです。目が少し潤みました。イラストも美しいですね。
祐奈 | 15/10/25 13:25 |
この作者組織票しまくってて(´・ω・`)なんだかなぁ
サトル! | 15/10/30 07:20 |
大好きです。何度も読み返しました。救いのある切なさが後を引きます。
木風 | 15/10/30 11:52 |
イラストと、短編の割にがっつりエロがあること、そしてアンドロイドならではの設定に驚きました。
メンテから戻ってきた、ユキと和希を見てみたい(読んでみたい)と思いました。
エリーの変態 | 15/11/13 22:37 |
りんこさん、お話読みました。
エロ話と思いきや……(´•ω•̥`)美くて儚い二人ですね。
しかし5000文字ってあっという間ですね、とても楽しく読めました。
これからも頑張って下さいね!
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