主従
……もし、この先 貴方に私より大切な人が出来て、そうじゃなくてもこれから数年経てばきっとこの家も出て行く、自立してく…もう私も必要じゃなくなる。
今日もまた私は、遅い主人の帰りを健気な忠犬のようにポツリと一人待っている。
食卓の上の夕餉もすっかり冷めてしまってる。
「ただいま、ユキ」
玄関の方から明るい声がこちらの部屋まで落ち着きのない足音と共に近付いてくる。
やがてリビングに姿を現したのは、高梨和希。仕事で殆ど家には帰らず多忙な両親の代わりに彼の身の回りの世話とお目付役を任されている。それが私の役目。
「最近、遅いじゃないですか」
「ごめんて、友達と塾の帰りに遊んでたの。ユキって過保護すぎ」
和希は不満そうに、小言が鬱陶しいのか私を睨んだ。
私はユキ、目の前の少年とも、彼が小学生の頃からの長い付き合いである。ー私は家庭用に造られた、主に家事全般を得意とする青年型アンドロイドだ。
見た目は殆ど生身の人間とは変わらず、よく造られている高性能ロボットだ。
「夕食はどうします?温めて来ましょうか?」
「…食べるよ。ちょうだい」
和希は脱力したように大きなため息をつきながらリビングのソファーに腰を下ろした。
「…なあ、ロボットでも恋とかするの?」
突拍子もない質問をされて、俺はまじまじと和希の顔を凝視して黙った。
「“恋”ですか?、概念は知っていますが、さて、考えたこともありません」
「ロボットて、その…ムラムラとかしねーね?性欲もなし?」
「私たちは人間のように発情や繁殖など、そのような機能は必要ないのです」
恋だけではない、人間と共に自然に生活するにあたって、この世界の倫理観や道徳観、大まかな感情は、きちんとプログラムされている。
そしてしばらく考え込むように黙り込んだ後、和希様は言った。
「……俺っ、好きなやつ居るんだ」
チクリと何かが胸に刺さるような痛みがした。
何か、自分の中でバグでも発生したんだろうか?
「…男なんだ、そいつも、俺も…。なあ、俺、おかしい?俺、ゲイ、だったんだ」
「…“同性愛”ですね。知識としてインプットされています。そのような方々は多いですし、私どものアンドロイドを利用される方々にも多いです。そういう方たちにも対応して、私も、私どもを造られた会社も肯定的であります。なので、おかしなことではありません」
そんな事を私は真顔で伝えた。
和希様は切羽詰まった顔でこちらを向いて、手を伸ばしてきた。
「でも、叶いっこない…。なあ、アンドロイドって主人の下の世話もしてくれるんだろ?俺にもそれやれよ」
「皆が皆そうするわけではありません、状況によりそうなります。ですが、私のマスターは貴方の父です。その彼から貴方を預かっている身、そのような事は致しかねますが」
丁重に断ると、和希様は今度は怒って私を押し倒し、膝の上に乗っかかって来た。
そして私の服を剥いだ。
「じゃあ、お前がしてくれないなら ほか探すよ?ゲイバーなり、出会い系なり…。いいの?」
煽られて、私らしくもなくどんよりと重い感情が次は発生した。
「どうしてそうなるのですか?」
「俺、寂しいんだ…。最近 帰りが遅いのだって、本当はそういう場所を練り歩いてたんだ。誰でもいいから身体を埋めて欲しかった。でも、ダメ。やっぱり…知らねぇやつは。それなら、お前でいい」
「和希様…。…これからは、そのような場所に行かれるのは自重してください。それが約束できるなら、致しましょう」
「するから…」
和希様は震える声で小さく呟いた。
肌が触れ合って、和希様の鼓動がよく聴こえる。
「…和希様、気持ちいいですか?」
舌で舐めたり、唇で啄んだり、甘く噛んだり、和希様の胸や肢体を丁寧に愛した。
その度に和希様の華奢な身体はソファーの上で飛び上がり、震えて、小さな言葉にならない声を何度も漏らした。
「…脚、失礼します」
私は和希様の脚を抱えて、広げた。
和希様は恥ずかしいのかまた顔を赤らめる。
「…なあ、お前は嫌じゃないのかよ?」
「いいえ、和希様の仰せのままに」
和希様は目を伏せ、私は気にせず続ける。
まだ固い蕾に指を伸ばし、それに指を押し込んだ。
なるべく痛くないようにやさしく解す。
和希様は最初はきつそうだったが、徐々に気持ち良さそうな声で鳴き始めた。
私に組み敷かれて、震えてる。よほど緊張しているのか手のひらはやけに冷たかった。
和希様ってこんなに可愛らしい方だったか?
すぐにでも和希様にキスをしなければ気は済まなかった。
私は元々この家とは別の場所で働いていた。
一人暮らしのご老人で、その方の家に勤めて7年目の春、逝去。
それから暫くして和希様の親に引き取られ今に至る。
私たちアンドロイドはメンテナンスを行い半永久的に生きれる。人間は脆いモノで どなたにも平等に死も老いも訪れる。いつか別れがやってくる、そう思い知った。
「…俺、いつも家にひとりぼっちで心細かったんだ。でも今はユキがいるから寂しくない。俺、長生きするよ。ユキが寂しくないように。ずっと一緒に居てやる」
一言一句、貴方の笑顔まで、全て記憶されてる
「何でさっきから黙ってるんだよ」
和希様は、怪訝そうに私の顔を覗き込む。
「…覚えていらっしゃいますか?…“長生きして、私とずっと一緒に居てくれる”っていう約束」
「……もし、この先 貴方に私より大切な人が出来て、そうじゃなくてもこれから数年経てばきっとこの家も出て行く、自立してく…もう私も必要じゃなくなる。それに貴方が私以外にそのような顔を見せているのが想像でも許せない」
私は今、どんな顔をしているんでしょう?
和希様は私の顔をじっと見て、体を硬直させて黙り込んでしまった。
そして口を開く。
「……ふざけんな。俺が大人になったらお役御免ってか?…お前こそ約束はどうした?俺が爺いになっても一緒に居てやるって言っただろ」
和希様は私の胸の中に顔を埋めた。
「……俺が好きなやつって、お前だよ?機械的にじゃない、お前の意志で俺を受け入れて欲しかった。せめて身体だけでも、お前が欲しくて…」
「……私も貴方が欲しい。アンドロイドではない、“ユキ”という個体としてずっと共に居たい…」
「……絶対…だからな?」
私が彼の細い身体を抱き締めると、彼も抱き返す。
それから、私は和希様と一つになれた。和希様の中は狭く、熱く、きっとこれが“快楽”というものなんだろう。私はその感覚に夢中になった。
「……和希様、苦しくはないですか?」
「その“様”はもうやめろって」
「………和希」
耳元で囁くと、和希様の頬は余計に赤みを増した。
きっと、私は世界で一番 幸福なアンドロイドなんだろう。
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