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第1回 BL小説アワード

『彼』事情と僕の言い訳

エロなし/三角関係

「私だって時間をかけて考えることもあるんです。幼い頃からのあなたのことをずっと考えているんです。あなたが考え、望み、実行しようとするその全てを。否定もしますが、肯定もします。あなたらしいと受け入れることが出来たなら」

御咲 漣
14
グッジョブ

「だから……」
 いつものダイニング。温かい夕食を目の前に、高梨(たかなし)和希(かずき)は何度目かの言葉を繰り返した。
「ユキとはしない。そういうことは考えられない。さっきから何度も言ってる。成章とは恋愛してるの。なんで分かんないの? ユキは最上位機種で、その、そういう機能があることも僕だってちゃんと知ってる。だけど、僕はそれをユキに求めてない。」
 テーブルの上にはふわふわと白い湯気を立てるグラタンと焼きたてのパンが凶悪なほど食欲をそそる匂いを撒き散らしている。多分、好物のポテトグラタン。少し焦げ目がついたチーズを口に入れれば、パリッとした食感を味わえるだろうことは想像に容易い。
「ですが、和希。あなたは高校生です。性的な衝動も興味もあるでしょう? 勘違いでないと言い切れますか? 幼なじみとはいえ五つも年上の男性が相手なんて」
「同意の上だ。ちゃんと想い合ってる。問題なんて、あるはずがない。」
ため息とともに、返事を吐き出す。
 合成とわかっているものの、それを感じさせない流暢な言葉をスラスラと話すのは、家事手伝いアンドロイドのユキだ。和希が小学生になると同時に高梨家にやってきた。
 『彼』は家事手伝いというジャンルではあるが家庭用アンドロイドとして最上位機種にあたる。家事全般から育児、果ては夜の相手まで家庭内で必要とされること全てを網羅している。
 今だって機械の頭脳にプログラムされた完璧な腕前を披露し、一日の栄養値までも計算された夕食をテーブルの上に披露している。サラダにスープ、デザートはおそらく冷蔵庫で冷やされている。いつもの一日のスケジュールから言えばやや遅れ気味の夕食にありつけるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。
 というのも、つい先程、隣りに住む幼なじみの降谷(ふるや)成章(なるあき)とのキスシーンをユキに目撃されたせいだ。未成年保護の役割をも自分に課しているアンドロイドは、その関係性を明確にするため問いただしてきたのだ。正直に伝えれば、それは違うと断じた。
 長いこと幼なじみという存在だった成章との関係が変わったのは一年ほど前。
 好意より独占欲。最初はそんな感じだったと思う。年上の成章は人間では唯一、和希を甘やかしてくれた存在だった。昔から側にいるのが当たり前すぎて、今更失うことは考えられない。ユキとは異なる意味で和希に必要な存在だった。
 今でこそ多少距離を取っているが、基本的に和希はユキにべったりだった。留守がちだった両親が与えてくれたアンドロイド。それがユキ。機械なのにちゃんと温かい手は、幼い和希に安らぎを与えていた。それは一人に慣れた和希には時に親以上とも感じられたかもしれない。
 静かな部屋で感じていた孤独、一人では埋めることの出来ない隙間はユキが埋めてくれた。知らないこと、わからないことは何でもわかりやすく教えてくれた。答えだけじゃない、悩むことも考えることも大事で、必要だってことも。
 だけど。
 それが愛情でなく『プログラム』であること教えてくれたのは成章だった。
「和希。合意とはいえ問題がない訳では無いことは理解できるでしょう? そういった対象なら私を使えばいいのに、なぜ成章さんなんです……」
こんな言葉も、ユキ自身の感情ではなく、主人の世話という部分の問題。
「ユキ、もうこの話は終わり。せっかくのグラタンが冷める。僕はせっかくだから一番美味しいところを逃さず食べたいな。いい?」
「……どうぞ」
渋々、と言った風情でユキは話を終えた。どう見ても人間のようなしぐさでちらりと意味深な視線を投げて、それからいつものようにテーブルについた。ユキは僕の食事が終わるまで一緒にいてくれる。同じ食事は出来なくても、一緒にいることが大事なのだと言ったのはいつのことだっただろう。
「ユキ」
「はい」
「ユキが大切なんだ」
「はい」
「だから、僕を困らせるのはやめてよ」
「和希も私を困らせるようなことはやめてください」
「…………」
大切なんだ、ユキ。誰からも、何からも守りたいんだ。ずっと同じ時間の中に、居たいんだ。

* * *

 大事すぎるものには、『触れられない』と初めて感じた。
「聞けよ、和希」
「もうわかったって。しつこいよ、成章」
 普段の勉強はもちろんユキに教えてもらえる。でもテストとなると成章の方が格段に強い。出題傾向や対策の読みがなんというか的確なのだ。だからテスト前になると必ず、成章を頼っていた。その日もいつものように成章の部屋でテスト前の勉強を教えてもらっている時だった。
「お前はユキに依存しすぎだ、和希」
突然、そう言われた。あんまりユキの話ばかりしていたのがきっかけだった。
 正直に言えば自分でも解っている。ユキの存在が自分の中でかなりの部分を占めていることを。
 親が、と言うよりユキが喜ぶように勉強も運動も頑張っていた。今通っている高校はかつて成章も通っていた有名進学校だ。ここへの入学は一種のステータスとなっている。
 幼なじみの成章は高校卒業後、入学した大学で機械工学を専攻し、現在はアンドロイドの人工知能開発を仕事としていた。
 当たり前のように生活の一部を担っているアンドロイド。知っているようで知らないアンドロイドの事を教えてくれたのも成章だ。逆に言えば、知らなくたって問題ないことでもあるけど、それがユキに繋がることだと思えばすごく興味深くもあった。
「お前がどれだけユキを大事にしてるか知ってるつもりだ。でもそろそろユキ離れしてもいいだろ」
「なんだよ、成章。今更……」
いつもより少し真剣な眼差し。紅潮した頬。
「今日さ、久々にお前とユキが一緒にいるところを見た」
「うん?」
「親に尻尾ふってついてまわる子犬みたいだったな」
「子犬って……僕、高校生ですけど……」
なんて言いつつ、それについても自覚がある。ユキの耐久年数はメンテナンスにも寄るが結構長い。すでに十年以上、問題なく稼働している。その容姿は白磁のように白い肌に、肩よりすこし長くて真っ直ぐな髪は茶金。モデル体型に整った顔はアジア系と言うよりはヨーロッパとかの方。表情も豊かで、笑った顔なんか優しくて子供の僕は一発でオチた。今更だけど多分、もろ母親の趣味じゃないかと思う。
 呆れ顔の成章が両肩をぐっと掴んできた。
「本当にわかってるか、和希。お前が見てるのは全部プログラムだ。アンドロイドに感情なんてないぞ?」
「わかってる」
「わかってないよ、お前は。ユキの中にあるのは高度プログラムからの行動と蓄積された膨大なデータ。それを応用した反応、表情……。
お前を好きな訳じゃない。登録された主人だから、なんだぞ」
「わかってるよ。ユキはアンドロイド、だから……」
その時感じたザラザラとした感情が何なのか、答えが出ない。
「俺は心配だ、和希」
この幼なじみはいつでもまっすぐ和希に思いを伝えてくる。ゆっくり、でも逃げられない強さで引き寄せられて、抱きしめられて。近づいてくる唇が自分のそれと重ねられた。
「成あ……んっ」
「俺はこのままお前がユキに囚われるような気がしてならない」
唇が重なったままの囁きに、どこかに何かがじんわりと染みてくる。その正体はわからない。ただ抱きしめられる温もりはひどく心地よくて、包み込まれている感覚がたまらなかった。
「……同じか?」
「え?」
聞いたことないような、優しい声。いつもふざけあっている時の成章とも、スーツを着て『大人』している時の成章とも違う、知らない成章。
「ユキと俺は、同じか?」
身体が震えた。同じであるはずがない。成章に抱きしめられてこうしていることを今、自然と感じてしまう。成章の熱を確かなものとして感じてる。
 だけど、ユキは。ユキとは。
 触れることさえ、怖い。
 成長して、抱きしめてもらうことなんてもうないけど、ユキに抱きしめられると何も考えなくても良いような気がする。自分を無くしてもいいような気さえ。むしろそれは、恐怖に近いかも知れない。
 成章のようにユキを、今までとは違うユキと捉えた時、僕は……。
「和希……こうしてるの、気持ち悪いか?」
抱きしめる腕に、ほんの少し力がこもった。
「そんなことないよ。成章はいつでも僕に解るように伝えてくれる。……僕、成章のこと好きだ。成章のことは好きだけど、それとは別にユキが大事なんだ……」
「……和希?」
「ユキが大事なんだよ。アンドロイドだけど、すごく。それでも成章にもっと側にいてほしいと思うのはだめかな?」
「和希さ、お前、俺と付き合おう? 俺は今よりもっと和希の近くに居たい」
もっと、近くに。成章の言葉と同じ想いが心の奥深くからにじみ出る。
「……うん。」
自分の手を成章の背中に回して抱きしめ返す。熱い身体。耳元でドキドキと高鳴るのは、温かい生命(いのち)の気配だった。
 成章の腕の中は好き。昔から大好きだ。当たり前に差し出されてきた愛情の泉。そこに浸り続けたいと願うのは、悪いこととは思えなかった。
 大事なものは、守りたいもの。好きなものは側に居たいもの。自分の中で明確な答えを得たと思えた瞬間だった。
 それから一年。成章は側にいてくれる。抱きしめてくれる。
 時に、激しい熱をともなって。
 そうして過ごしてきた時間は、ユキとの距離を少しずつ変えていたのかもしれない。

* * *

 昔から、大切なものは引き出しの奥にしまっておく。壊れないように壊さないように。あまり触れず、そっと覗いて安心する。失くしたくないから。
「ねぇ、和希。私はあなたにとって何でしょう?」
突然の問いにユキを見上げる。並んで歩いていた足が止まってしまった。
「ユキ?」
一緒にお買い物に出るなんて、最近ではほとんどなかった。子供の頃は嬉しくて、楽しみでしょうがなかったが成長するに連れて、その回数も減った。久々に誘われて二人で買い出しに出かけてみた。
「……私を守らなくていいんですよ。あなたこそが守られるべきものです」
人とアンドロイド。交わり、関わりあうけれど、根本的には異なる互い。
「人間と私とは生きる時間が違う。けれど私は和希が持つ時間と同じ時間にしか、存在しません。私は和希専用のカスタムモデルです。どれだけ長い時間を過ごせるよう造られたとしても、あなたがいる限り、必要とされる限り、私はあなたのそばにある」
「なに? なんで突然……」
「私だって時間をかけて考えることもあるんです。幼い頃からのあなたのことをずっと考えているんです。あなたが考え、望み、実行しようとするその全てを。否定もしますが、肯定もします。あなたらしいと受け入れることが出来たなら」
柔らかい笑みを浮かべるユキは、ひどく儚げだった。彼の中にある和希との時間はすでに十年を越す。それは短いとは言えない時間。
「こうして共に過ごすことが、私の全てです。ですがあなたは私と違う。違うからこそ私はあなたのことを考える。私と共にいて欲しいと望んでしまう。……おかしいですか?」
「どうだろう? よくわからない……」
「では、考えてください。あなたの答えをいずれ見つけるまで」
何度も並んで歩いてきた道。今はこの道がどこに続いているのか、知っている場所とは違う場所へと続いているような、そんな気がした。
 ユキが和希にとってどんな存在か。改めて考えてみればユキは成章のように熱く心を満たすものではない。
 だけど彼との時間は、その名が示す『雪』のように静かに降り積もって、和希の心を満たしていた。今更それをどうこうできるような、そんな軽いものではない。自分をつくり上げる土台として存在しているようなものだ。
「あのさ」
「はい」
「ユキに悩みとか欲望とか、感情、はないよね?」
「そうですね、設計上は」
「設計上は?」
「ええ。人は自分が得た経験から様々な表現をします。何かを欲したり、怒りや悲しみ、そして愛おしさを。私達も同じように経験を蓄積します。分析し、応用し、それを表現します」
だから、機械でも感情を伴っているような表情やしぐさをする。それも、そうするようプログラムされてるから。和希はそんな風に思ってしまう自分が、嫌だった。
「それらを思考する基本回路、分析し応用するプログラム。人に似せて作られたそれらと人のそれは何が違うんでしょうか。私にはあまり違いを感じられないのです」
「ユキも悩むの?」
「悩むというより考えます。考えて考えて、よりいい選択をする。和希と同じですか?」
「……うん。かも」
成章の言葉とユキの言葉は相反する。だけどどちらも否定出来ない。
 大切なユキ。大好きな成章。いつかどちらかを選ばなければいけなくなるんだろうか?自分の答えを手にする時が、その時?
 いまだ穏やかな日常の中、和希は尽きない疑問を抱き続ける。出せない答えの理由を考えながら。

御咲 漣
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グッジョブ
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マレーグマ 15/10/16 22:10

続きが読みたいです。

ハルリン 15/10/16 23:38

うーん、とても奥深くて考えさせられる作品ですが、ちょっと好みじゃなかったです。

でもユキのキャラがはっきりしていて、良かったと思います。

木風 15/10/17 14:22

成章という第三者を出してきて、微妙な三角関係にしてしまうという設定が斬新で面白かったです。
他にもアンドロイドとは何かなど、いろんなことを考えさせる話になっており興味深い。
でもその結果、短編にしては色々盛り込みすぎて、話がややこしくなってしまったかもしれません。
説明的文章も多く堅い印象を受けました。


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