ハッピーエンド/キスまで/エロなし
「アンドロイドのくせに、普通の好きじゃなくって、和希に恋してるんだ。和希が女の子に振られたとき、嬉しかったんだ。酷いでしょ?あの時気づいたんだ」
活気づいた商店街のアーケードの隙間から、ちらほらと雪が風に舞ってくる。和希の短めの黒髪にも白い雪がくっついては溶ける。
「寒い……」
ぬくぬくのコタツが恋しくて、ぎゅっと高校制定のマフラーをさらに締め直し歩を早めた。商店街のちょうど真ん中あたりまで来ると、古めかしいいで立ちの店があった。
『高梨菓子庵』と筆で書かれた看板がかかっているその店先で、一人の青年が近所のおばあちゃんと談笑していた。
薄茶色のサラサラの髪に透き通る白い肌、優し気なこげ茶の瞳にすらっと背の高い体つき。
洋風だけど、身に着けているのは藍色の着物。「どてら」を羽織り、白い前掛けをしている。似合わないようで似合ってしまっているのはもう十年以上その恰好をしているからだろう。
和希が少し離れたところから観察していると、その青年がふいにこっちに顔を向けた。
「あ、和希!」
バチっと目が合った瞬間、青年はふわわわんっと微笑んだ。
「おかえりなさい!」
「……ただいま、ユキ」
急に自分の頬が熱くなった気がして、和希は思わずそっぽを向いた。
なんでだろう、ユキの笑顔は大好きなのに、なのに最近、その顔をまともに見れない。
彼が少し眉を下げて悲しそうな色を浮かべたのを目の端に捉えたが、何を言えばいいかわからなくって、苦い味をかみしめながら気づかないふりをした。それは和希とユキにしかわからない微かなやりとりだ。
おばあちゃんは和やかに目じりの皺を深くして、
「和希ちゃん、おかえり。あら、また背が高くなってイケメンになって!もうユキちゃんと同じくらいの高さ?」
「いえいえ、いつの間にか1センチ追い越しました!」
和希が自慢げに応えるとユキが「たった1センチ!」と素晴らしい間で突っ込んだので、おばあちゃんはころころと声をあげた。
「本当に仲よしさんね。美人な看板アンドロイドさんとかっこいい息子さんとお話しできてなんだか気分がいいから、今日はおはぎをいつもより一個多くもらおうかしら」
「「ありがとうございます!」」
ハモってしまった。
思わず三人で顔を見合わせ、吹き出す。おばあちゃんはユキからおはぎを三つ受けとり、手を振って帰っていった。
「さすがはうちの看板美人アンドロイド。売り上げに貢献ありがとう」
和希が冗談めかすと、ユキがニヤリとしてポンと頭に手を乗せてきた。
「なーに言ってんの、イケメンな息子さんとの共同作業でしょ?」
イケメンを強調するあたり完全にからかわれている。
意地悪なくせに、えもいれわぬ甘やかな声色。
むず痒いままユキをじっと見つめていると、彼は急に向うを向き、何かつぶやいた。
「え?」
「な、なんでもない!」
慌てて去っていくユキの頬がピンクに染まっていた気がしたのだが見間違いだろうか。
☆ ☆
ユキは家事手伝い用アンドロイドだが、いつの間にか和希の両親が営んでいる和菓子屋を手伝うようにもなり今や商店街で人気者だ。
だが、初めて家に来たときの彼は本当に無表情だった。
雪が積もった寒い朝、大きな段ボールが宅配便で我が家に送られてきた。伝票に書かれていたのは品番AZ-0243・男型。
和菓子屋で忙しい両親が、『これから小学生になるし勉強も教えてもらえて、面倒もみてくれるお友達代わりに』と、和希名義で購入したアンドロイドだった。その当時からアンドロイドと人間が共に暮らすのは当たり前のことだ。
彼を心待ちにしていた幼い和希は、ウキウキしながら蓋を開ける。眠っていたのは子どもでも見惚れるような色白の青年で、両親に教えてもらいながら意気揚々とうなじにある電源をオンにした。
すぐに起動音がしてその目が開くと現れたのは深いこげ茶のガラスの瞳。
「あなたが和希ですか?」
「は、はいっ!」
棒読みの音声に返事して……それから色々と話しかけたが、アンドロイドは笑みも浮かべずに「はい」とか「いいえ」とか機械的に応えるだけで、いつの間にか夕方になっていた。
「どのアンドロイドも最初はそんなものだ」と父がなぐさめてくれたが、それでも無表情な彼が悲しくて、どうにか笑ってほしかった。当時の自分の経験を最大限に活用して捻り出した方法。それは。
夜になった頃、和希は居間の片隅の畳の上で立ち尽くしている彼の前に駆け寄り、ぶっきらぼうに小さな手のひらを差しだした。プニプニした手の上には、はみ出しそうに白い丸い塊が一つ乗っかっていた。
アンドロイドは、思わずといった風にしゃがんでまじまじとそれを見つめている。薄い氷に包まれていたかのような 瞳が、その時初めて熱を持った気がして、それにつられて和希の胸にもじんわりと暖かみが広がった。
「これ、あげる!おまんじゅうっていうの、僕がね、お父さんに教えてもらって作ったんだ!白い色してて、ユキみたいだなって思って!」
「ユキ?」
アンドロイドが小首をかしげた。
「言ってなかったかな?あなたのお名前だよ!お外に雪が積もってるし、お肌も真っ白だから、だからユキなの、僕が決めたの!!」
アンドロイドは……ユキは口の中で「ユキ」と名前を転がしてみた。ユキ、ユキ。不思議となじむ、その響き。まるで元からその名前だったような――。
その途端、視界が開けたように明るくなって目の前の少年の期待に満ちた目と小さな手と自分のために作ってくれたおまんじゅうが目に飛び込んできた。
と、和希が驚いて飛び跳ねた。
「……笑った、ユキが笑った!!」
ふっとユキの頬が緩んで、ガラスの瞳に光がパッとともったのだ!
その笑顔は和希が今まで見た笑顔の中で一番美しかった。
☆ ☆
和希は閉店した後の厨房で黙々と餡を練っていた。
月日は流れ、今や和希は高校二年生。そして明日がちょうど、ユキが来た日、いわばユキの誕生日。毎年和希はあの白いまんじゅうを作って12時ちょうどにユキにプレゼントしている。
今までずっと、いつも、ユキが側にいた。
カラオケに行って遊んだりおかずの取り合いでケンカして母に怒られたり、酷い言葉で傷つけてしまったことも逆に傷つけられたこともあった。突然フリーズしてハラハラさせられもしたし、エッチな本を見つけられたり、サッカーの県大会で優勝した時は手放しでほめてくれたりもした。
今思えばただ彼女が欲しくて初めて告白した女の子に振られたときも、受験でイライラしていたときもいつも側にいてくれた。卒業したら家業を継ぐと告げたときは応援するように力強く頷いてくれた。
苦楽を共にしてきたユキが一番の親友。
それは今も変わりない。
ユキは今や色んな表情を、声を態度をふるまいを見せてくれるようになった。
その一つ一つが宝物で、大事で、大好きで、大好きな親友。
そのはずなのに……『親友』という器から今にもあふれだしそうな想いが、確かに、ある。ユキが頬をピンクに染めた時とか、触れたくてたまらなくなる。
だけどあふれる想いのその名前は分かりそうだけど分かってはいけないから。
人間とアンドロイドとの間のその感情はタブー。
どちらも罰を受ける。
アンドロイドはスクラップされてしまうのだから。
☆ ☆
出来上がった餡を白い生地に包んでいった。ユキの喜ぶ顔を思い浮かべるとわくわくする。
時計の針はちょうど12時前。出来立てほやほやを皿に乗せ、ユキの部屋へと向かう。ユキは普段早寝だが、この日だけは毎年、知ってて知らないふりで12時まで起きて待っていてくれる。
途中で居間の前を通った時、急に、昔、部屋の片隅にポツンと突っ立っていたユキを思い出した。
なんとなく障子を開け部屋の真ん中の電気の紐を引っ張ろうと歩を進めると、つま先になにかが当たった。暗闇の中目を凝らすと封筒のようだ。拾い上げて電気をつける。明るくなった室内ではっきりと宛名と差し出し名が読めた。
宛名は『高梨和希様』差出人は『日本アンドロイド保険機構第2支部』そして『速達』の文字。
「なに?」
言いようのない、嫌な感じに喉がつまりそうになりながらまんじゅうを机に置きビリビリと封を開け手紙を乱暴に取り出し、そっと開いて中身を読んだ瞬間……。和希の顔がサッと青ざめ、目が見開かれた。
「――どういうこと?」
「どしたの、和希、夜中に大きな声出して~」
背後からのんきな声がした。慌てて振り返ると眠たそうに眼をこすっているパジャマ姿のユキがいた。
「和希が来ないから、オレ、降りてきちゃ――」
「ユキ!!これ、どういうことだ!?」
「痛っ、な、なに急に!」
和希はユキの肩をきつく掴み障子に押し付け、目の前に手紙を突き出した。
「なにじゃないだろ!」
尋常じゃない和希の気迫に怯えながらユキが文面に目を通し――。
「バレちゃったか」
諦めたように目を閉じた。
その態度にカッと和希の頭に血が上る。
「はぁ!?お前健康診断、に、二回もサボったのか!!何考えてんだ、アンドロイドが診断を三回サボったら……お前がもし次サボったら、その時点で即スクラップになるのなんて常識だろ!!!」
和希は告知が記載された紙を畳に叩きつけた。
ユキの冷たい両肩に震える指が食い込む。
「何考えてんだ、バカかお前は!絶対に明日、すぐ行け!」
アンドロイドの診断放棄は人間への反逆とみなされ即スクラップされる。
つまり、死ぬ。
「返事しろよ!」
ユキは口をぎゅっとつぐみ、微動だにしない。
「ユキが、ユキが、死ぬなんて……!」
言葉にするとユキの死がおぞましくリアルに感じられ、目の前が真っ暗になる。
「そんなの考えられない!しかもお前自らそれを選ぶっていうのか!?おい、なんとか言え!」
滲んだ涙が頬を伝うが気にしてられない。
張りつめた水面のような緊張はとてつもなく長い。
和希はその心を読み取ろうと一心不乱にユキを見つめる。
――と、瞳が、ゆっくりと開かれた。
揺らめくのは優しくてそれでいて哀し気な色で。
驚く和希の頬にユキの指が触れる。そっと涙をぬぐってくれたその手に、和希は思わず自分の手を重ね、離さないように握りしめた。
ユキから発せられたのは、意外な一言だった。
「和希……好きだよ」
「……え?」
「だから、好きだ、和希のことが」
好き、好き――?
ユキが和希を食い入るように見てくる。
「アンドロイドのくせに、普通の好きじゃなくって、和希に恋してるんだ。和希が女の子に振られたとき、嬉しかったんだ。酷いでしょ?あの時気づいたんだ、和希に恋してるって、一人占めしたいって。同時に和希が人間の女の子が好きだって当たり前のことを知って諦めようとしたけど無理で、それどころか気持ちは膨れ上がるばかりで、今日も和希に見つめられたら思わず、好きって言っちゃったくらい。もう我慢できない。和希にも迷惑をかけるから、いっそスクラップされようと――」
「ユ、ユキ……!」
まさかのユキの告白に中々頭が追い付かなかったが、見つめ合っていると段々実感が湧いてきて、カーッと和希の顔が赤くなってくる。
悲壮なユキとは反対に――泣いていた和希は晴れやかに微笑んだ。
「ユキ、アンドロイドと人間の恋は基本的には禁止されてる。でもたった一つだけ、例外があるだろ?」
「――まさか」
ユキが息をのんだ。
和希は心の底からありったけの想いを、ユキに負けないくらいの想いを、大切に告げた。
今まで名前を付けるのすらためらっていた感情。押し殺していていた気もち。
「俺も、ユキに、恋してる!」
「ホントにっ!?」
「本当に決まってる!」
ユキがそれはそれは嬉しそうな、最高にきれいな微笑みを浮かべた。
和希は言葉じゃ足りなくて、思わずちゅっとユキの唇にキスをした。
冷たいはずの機械の唇は不思議と熱を帯びていて、ぽぽぽぽっとユキの頬も真っ赤になる。
「可愛すぎ……」
もっともっとユキに触れたくて思うがままもう一度キスをして口の中に自分の舌を突っ込んでその舌を舐めてみた。
「ぅん……っふぁ!」
すると聞いたこともないやらしい吐息と声がユキの口から漏れた。
なぜか二人して慌てふためきながら、
「和希、ちょっと待って、ね、おまんじゅう食べよう!作ってくれてあるんでしょ!」
「あ、うん、作ってある!」
和希は机の上のまんじゅうを一個手に乗せて、優しく差し出した。
「ユキ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、和希……」
二人で微笑みあうと、ふわふわする。
ユキの瞳が初めて動いた幼いあの時から長い年月を経て、今、こうして笑いあっておまんじゅうを食べられる幸せ。
アンドロイドと人間の恋が許されるたった一つの道。
それは、お互いに恋し合うということ――。
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