あっさりBL/切ない/ほっこり
オムライス……あぁ、脳内コンピューターにインプットされてるレシピだな。それで、いつ食いたいんだ?
東京都が“新東京都市”と改名してから早百年、地球にあった石油は底尽きて、全ての車は電機で走る時代。少子化が進み、人口年齢の均衡を図るために政府は若い年齢層のアンドロイドを導入した。
アンドロイドは通常の人間と見分けがつかないために識別リングを首に装着している。そんな中、“理想の人間を現実化させる”という謳い文句でアンドロイドを売り出しているA.Rカンパニーの石崎博士が人型でも父親や母親、恋人や夫妻まで代理するアンドロイドのあり方を推奨しだし、高梨家に“ユキ”というアンドロイドがやってきたのは和希が小学校に上がる頃だった。
兄弟が欲しいという和希のために迎え入れたユキだったが、今ではすっかり和希の世話役になっている。
「和希ー! メシだ。早く食え」
「わかったってば」
学校から帰ってきた和希は、タブレットの中に登録してある私服を選ぶとそれをタップする。すると、今まで制服だったのが一瞬にして選択した服に変わった。
「わぁ、美味しそうだね。ありがとうユキ」
ユキはその名の通り雪のように白い肌をしていて、指通りの良さそうな白銀の髪の毛をしている。それでいて、深海を思わせるような濃いブルーの瞳はいつ見ても綺麗だ。
「俺が作ったメシにまずいという文字はない」
「あはは……そうだ、今度はオムライスが食べたいな。好きなんだよね~」
「オムライス? あぁ、脳内コンピューターにインプットされてるレシピだな。それで、いつ食いたいんだ?」
「そうだな~来週の月曜日とか」
「了解した。今、プログラムに入れたぞ」
ユキが家に来た時は兄のような存在だった。一緒に遊んだり、いじめられたら庇ってくれた。母親がいない時はこうして美味しい食事を作ってくれるし、困ったことがあったら父親の代わりになんでも相談に乗ってくれた。和希が徐々に成長していくたびにユキの身長に追いつき、今では親友であると同時にかけがえのない大切な存在になっていた。
「宿題する前にじゃあ、風呂入れよ。そうだ、久々に一緒に入るか」
「えっ!? い、いいよ」
「なんで? 和希が小さい頃はずっと一緒に入ってただろ」
「だからいいってば!」
食事を終えた和希は呼び止めるユキの声を無視してバスルームに入っていった。
小さい頃はそんな事なかったはずなのに、自分が成長するとともにユキの傍にいると胸が張り詰めて息が苦しい。
(なんだよ……これじゃ、まるでユキのこと意識してるみたいじゃないか――)
ユキは好きだ。けれど、和希が抱いている感情はどちらかというと恋情に近い。特別な存在だとは自覚していたが、それがこういった意味合いのものだと思うと困惑する。
(あぁ! もう――!)
和希が悶々としたものを振り切るべく、シャワーの水を思い切りかぶったその時、背後で気配がした。
「背中流してやるよ」
「ひぃっ!? な、ななな! なんで――っ、なにすんだよユキ!!」
「ふぅん」
腰に巻いていたタオルを引っ剥がされ、和希の下半身がユキの目の前に晒された。
「なんでソコ、おっ勃ってるのかなぁ~」
「べ、別に! いいだろ、単なる生理現象だよ」
ユキの事を考えていたら、いつの間にか和希の下半身が反応していた。若いがゆえにそこはもう触れられただけで弾けてしまいそうになっていた。
「なぁ、和希……ここ数年の間、なぜ俺を避ける?」
「え……? 避けてなんかない……よ」
「嘘だ。こうして風呂に入るのも嫌がるし、一緒に寝るのも嫌がるだろ? 昔はそんなことなかったのに」
「わかんないよ、僕にもわからないんだ……ユキと一緒にいると、胸が苦しい」
それは遠まわしに“ユキが好きだから”ということを告白している事と同じだった。ユキに下半身を見られて恥ずかしい。こんなにドキドキしているのに、ユキは平然としていた。
「あ、今新しいプログラムが更新された。勃ってる男のアソコはこうするといいらしい」
「えっ!? あぁっ! ちょ、ちょっと――んぅ」
アンドロイドは新しい状況によって情報が更新される仕組みになっている。ユキは無遠慮に和希の下半身をしごき、震えている唇に自らの唇を重ねた。
「こんなのがいいのか?」
「ンッ……い、いわけ……いい訳無いだろ馬鹿っ!!」
和希はユキを突き飛ばし、猛ダッシュで自分の部屋へ転がり込んだ。
(なんだよ、なんだよ……人の気も知らないで! 簡単にキスなんかしやがって!)
ユキの唇の感触を今一度思い出す。柔らかいけれどまったく体温を感じない、無機質な感触――。
和希は冷静になり、とりあえず服に着替える。するとその時、ドンドンとドアを叩く音がした。
「和希っ! なんだよいきなり、プログラム通りにしただけだろ!?」
ユキはアンドロイドだ。所詮、感情も体温も持たないロボットだ。
(僕の気持ちなんか一生わかりっこない……)
和希は勢いよくドアを開けると、そこには無表情のユキが立っていた。
「和希がよくわからない」
「わからなくていいよ」
「そんなことはだめだ。俺は和希のためにここへ来た。和希を理解できなければ不良品だ。でも、正直言うと……和希の情報を処理しようとするとシステムに不具合が起きる」
「え……?」
そんなことは初耳だった。聞く所によると、ユキは和希の情報データを自動分析しようとするとエラーが起きてしまうことがあるようだった。エラーはリカバリーすれば問題はないとのことだったが、一度販売元であるA.Rカンパニーにメンテナンスに行ったほうがいいのかもしれない。
そんなある日、和希に彼女ができた。
「遅くなっちゃったな」
彼女の家からの帰り道で雨に降られてしまい、急いで帰宅すると――。
「ユキ? ユキ!?」
なぜか、ユキが家の前にずぶ濡れになって立っていた。
「ユキ! なんでこんなところで突っ立ってるんだよ!?」
和希は慌ててユキを家の中へ入れてタオルで拭いた。
「和希が帰宅する時間に帰ってこなかった。連絡なしに帰ってこなかった場合のデータがなかったからとりあえず外に出てみた。そしたら雨に降られて濡れただけだ」
「だったら家に入ってれば良かっただろ」
「和希がいつ帰ってくるかわからないから家には入れなかった」
和希はユキに言われて今夜、帰りが遅くなる事をユキに連絡していなかった事を思い出した。
「ごめん、彼女の家に行ってて――」
リビングに入ると、和希はダイニングテーブルの上に冷め切ったオムライスの存在に気づく。
(え、今日何曜日だ……?)
和希が腕のウェアラブルコンピューター画面を見ると、今日は月曜日になっていた。
――今度はオムライスが食べたいな
――オムライス……あぁ、脳内コンピューターにインプットされてるレシピだな。それで、いつ食いたいんだ?
――そうだな~来週の月曜日とか
――了解した。今、プログラムに入れた
和希は先週、ユキと交わした会話を思い出して硬直した。
(そうだ……自分から食べたいって言ったんだ)
「ユキ、ごめん……ユキ?」
「……カノ、ジョ……イヤダ、カズキ……」
「え……?」
明らかにユキの様子がおかしい事に気づいて、和希はユキの身体を揺すぶった。
「なんだ? 和希、オムライスせっかく作ってやったんだから早く食え」
(あれ……? いつものユキだ。気のせい、だったのかな……?)
和希は彼女の家ですでに夕食を食べてきてしまったが、ユキが作ったオムライスを無駄にすることはできなかった。
「美味しい! やっぱりユキの作ったご飯が一番だよ」
「あはは、当たり前だろ。いつでも――ツク、ツクッテ……ヤル」
「ユキッ!!」
ガタンッと派手な音を立ててユキがその場に倒れた。和希が慌てて抱き起こすと、頭の部分から妙な機械音が聞こえた。
「ユキ!! どうしたんだよ!?」
「……わからない。和希の事を考えたらコンピューターがショートしそうになって、自動で制御がかかるからそれ以上の事を考えることができない。けど、今その制御装置を解除した」
「え……?」
ユキのありとあらゆる部分から煙が出ている。そしてピキピキと熱によるヒートクラックが起きてひび割れを起こし始めた。
「あはは、ずっと処理できなかった情報が、解除ひとつで簡単に理解できるなんて……」
「ユキ、もういいからしゃべるな」
「どうせ壊れる、だから言わせろ……俺は和希がずっと好きだったんだ。愛とか恋とか分からなくたって、お前のことが大事だ。俺の手で守りたいってずっと思ってた。感情を持たないアンドロイドには一生かかっても理解できないことを、俺はできたんだ……だから、少しは……人間に、近づけたって……思うだろ?」
すると、ピーという故障表示のアラームが鳴りユキは動かなくなった。
「ユキ!! おい!」
(そうだ! アンドロイドサービスに電話すれば……)
A.Rカンパニーがサポートしている二十四時間対応のサービスに和希は震える声を振り絞って電話をかけた。
サービスセンターですぐさま脳内コンピューターに異常がないかメンテナンスが行われた。ガラスの向こうで横たわるユキを今にも泣きそうな顔で見守っていると、ユキの生みの親である石崎博士がやってきた。
「このアンドロイドが自身で制御装置を解除したらしいが本当かね?」
「……はい、無理やり情報を処理しようとするとショートするとかなんとか言って、自分で解除したら、こんなことに……」
「そうか……。実はアンドロイドたちには感情がないようであるようなものなんだ。怒り、喜び、悲しみ、顔には出ないが情報としてそれらは処理される。けれど、政府はあるひとつの感情のみに制限をかけたんだ」
石崎博士は深い溜息をつくと言った。
「それは“人間を愛する”という感情だ。きっとこのアンドロイドは君を愛することを知った。しかし、プログラミングされていない情報は処理できない。無理に処理する事を抑止する制御装置を解除するということは、故障、つまり死を意味する」
ユキが身を破滅させてまで自分に伝えたかった事を思うと胸が張り裂けそうになった。
より人間に近づけるためにはある程度の感情は必要だ。しかし、余計な感情を持たせることは、世の中の秩序の乱れを助長しかねない。そう考えた政府はA.Rカンパニーにアンドロイドを生産する際に人を愛する感情を排除したものを要求した。
「じゃあ、ユキは……」
「プログラムが初期化されて、気の毒だが……君のことは覚えてないかもしれない」
和希は博士の言葉に愕然とするしかなかった。
ユキが高梨家からいなくなって数週間。ユキのことばかり考えていたせいか、彼女ともうまくいかなくなって結局別れてしまった。
早くユキが戻ってくればいい。
そんなことを考えながら日々和希は胸にぽっかり穴があいたような生活を送っていた。
(お腹がすいた……ユキの料理が食べたいな。ろくなもん食べてない気がする)
ユキが料理を作ってくれるため、高梨家にはボタンひとつで食べたいものが食べられる自動クッキングシステムがない。
ユキが恋しい。
じわりとこみ上げてくる熱いものに目頭が熱を持ったその時だった。
コンコンと玄関のドアがノックされ、こんな時間に誰だと思って和希は気だるくドアを開けた。
すると――。
「ここが今日から俺の暮らす高梨家で間違いないか?」
「え……? ユ、ユキ……なのか?」
雪のように白い肌に白銀の髪、そして深海のようなブルーの瞳は間違いなくユキだった。
「ユキ!」
和希は信じられない思いと、ユキが戻ってきてくれた喜びで思わずユキに飛びついた。
「心配してたんだぞ!」
「お前が和希か? 博士が前にここで世話になってた家だって教えてくれた」
「え……?」
ユキはやはりデータが初期化されてしまい、すべてのことを忘れてしまっていた。けれど、どんなユキでも戻ってきてくれただけで和希は満足だった。
「初期化される前のこと、全然覚えてないのか?」
和希はダメもとでユキに尋ねると、ユキは少し考えるように腕を組んだ。
「初期化された時にバックアップもデリートされたみたいだからなにも……。でも、ここに住んでる和希ってやつを脳内コンピューターで検索したら関連する単語にオムライスって出たぞ」
「ユキ、僕はユキが好きだよ……世界で一番、大好きだ」
すると、感情を持たないはずのユキがうっすらと微笑んで、和希の唇にキスをした。
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