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バスケ部の一学年下の後輩・池内に片思いしている篠田ナツは、誰かと付き合ったこともないくせに、経験豊富なふりをして彼を誘った。彼女持ちの池内に対して、体だけで構わないからと、遊びに見せかけて決死で行った誘惑に、池内は乗ってくる。 個人的に、どんな時でも読了後に心が和む一作をご紹介します。 なんとなくアタマやココロが疲れた時に、良い具合に緩く効いてくれる一作。 続刊中のシリーズではなく、「。」がついていない方の「可愛いひと」です、念のため。 紺野けい子の描く男たちは、どれも皆その辺にいそうな男だ。BLのみでなく男女物の作品も発表しているからなのか、読み手からすると池内も篠田もかれらの友人も「フツーの高校男子」っぽい。つまり、バカ騒ぎが好きで、部活も結構頑張っていて、それなりに恋愛経験があったりなかったりで、肉体に流されやすい。恋に打算や駆け引きがまだあまりないけれど、甘い蜜に吸い寄せられるように肉体の誘惑はすぐ絆されてしまう。誰かを好きになることはイコール肉体関係を伴って想定され、好きな理由があとからついてくる。 篠田は池内を好きな「理由なんてささいな事の積み重ね」だと思っている。好きだということが大切なのであって、理由なんて本当はどうでもいいのだ。ただ「手に入るもんなら奪ってでも欲しい」と思ってしまったのだ。 そして篠田は強攻策に出る。ヘテロの池内相手に、武器になるのかもわからない自分の体を使って誘惑する。単にいい先輩だと思っていた篠田からの誘いに池内は当然驚き、すぐに返事はしなかった。しかし、避けることもなかった。焦れた篠田からの再度の誘いにもひょいひょいついてきた彼は、たぶんこの時点ではあまり何も考えていないのだろう。抱きついた篠田が嫌かと聞くと、 「ヤではないけど」 とだけ答えている。嫌ではないけれど、当然ながら積極的にどうにかするほど良くもないのだ。 しかし、そんな池内の煮え切らない態度を逆手にとって、篠田は更に誘惑する。どんどん大胆に、必死になる篠田に池内は流される。彼女がいることや相手が男だということは池内にはストッパーにならなかった。目の前にいる篠田と篠田の肉体に、かれの肉体はまんまと飲み込まれてしまう。 それが単にその場限りのことではなかったのは、篠田の決死の行為が池内の心を動かしたからだ。全身で池内が好きなのだと表現する篠田の捨て身での行動に、恥も外聞もなく縋りつく切実さに彼は動かされた。 悪い気はしないという程度の傲慢な気持ちから、篠田を可愛いと思い始め、最終的には好きなのだと自覚する。篠田が池内に対する感情を自覚してからかなり遅れて、池内もまた篠田を好きだと思うようになった。篠田のささいな行動が池内の中で積み重なったのだ。 両想いになってからも篠田は相変わらず卑屈気味で、池内は相変わらず傲慢気味。付き合ってもらっているという気持ちが抜けない卑屈な篠田と、どこか愛されていることに胡坐をかいている池内は、些細なことでぶつかっては小さなもめごとを繰り返す。 傍から見れば頭を抱えたくなるほどにくだらない喧嘩であっても、二人はいつだって真剣そのものだ。その姿はとても可愛らしくて微笑ましい。 一度言ったくらいでは治らない互いの悪いところを、何度も責め合って、ときにはなだめすかして、譲歩しあう。すぐに意地を張ってしまう二人は、別れの危機に立たされながらも、一緒に過ごす道を選び続ける。 そしてどんなに恋愛が盛り上がっていたって学校はあるし、部活はあるし、試験期間だって待ってくれない。家には親がいるし、自由になるお金は限られている。町を歩いていれば友人にばったり出くわす。そういう、何もかもが限られているシチュエーションは学生ものの醍醐味だと思う。 制約が多い中ことをもどかしく思いながら、早く大人になって自由になりたいと願いながら、恋をする。等身大のオトコノコ二人は体が先走って言葉が追い付かなかったり、何気ない一言で相手を傷つけたりしながら、少しずつ前に進んでゆく。平凡だけれど輝かしい日々を重ねてゆく。まさに「“夢の中”と書いてムチュウと読む」状態にいる。自分にとって一番「可愛いひと」である相手と過ごす毎日はまさに夢のようだ。 そして池内は思っている。 「幸せな夢って案外すぐ覚めちゃったりするでしょう?」と。 この夢がすぐに終わる夢なのか、これからも続く夢なのかは、二人次第だ。互いが相手を思っているならば、永遠に覚めることがない夢だ。「だから何度も確認しよう」お互いの気持ちを、愛情を確認しよう、と。 二人が所属するバスケ部のキャプテン・シンと、篠田に横恋慕していたシンの幼馴染み・皆川の物語も切なくていい。皆川のことが好きで、惚れっぽいかれの恋愛遍歴をずっと横で見ていたシンと、誰かに振られるたびにシンに泣きついて、ついでに肉体関係まで持っている皆川の関係は非常に曖昧だ。親友であり、幼馴染みであり、セフレでもある。限りなく恋人に近いけれど、決して付き合っているわけではない。 そんな関係が、メイン二人の物語の間に挟まれる短編で徐々に変化してゆく過程は見もの。幸せになるまであと一歩、というところにいるような気がするのだが、その一歩がとてつもなく大きい。 素直になるだけなのに、今更過ぎてなかなか器用にふるまえないあたりがとてももどかしくて、焦れていい。 徹頭徹尾穏やかで、可愛らしくて微笑ましい作品。思春期のキャラクターのいいところ、学生もののいいところを全て詰め込んだようなお気に入りの一作。
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