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BL小説が一冊の本になる過程としては、以前は投稿作品が編集の目にとまり雑誌に掲載されアンケートの結果のよかったものが、何話か続き一冊の本になるというものが普通でした。 しかしインターネットで気軽に自分の作品を世間に発表できるようになり、サイトの小説が編集部の目にとまり、一気に出版となることも多いようです。 そのため作家を目指す方の意気込みも、「活字になればいい」から、最初から読者を意識した「読者をたのしませる」にかわってきているような気がします。 実力のある新人作家さんが増えている中、特に光った作品が、この一穂ミチ先生の「雪よ林檎の香のごとく」でした。 高校生の視点で書かれていますが、高校生活を題材にしているのではなく、"高校生"と"大人である高校教師"という関係が、主人公たちの制約になったり、物事へのこだわり方の違いになっていたりと、ストーリーに深みを与えています。 主人公は、高校1年生の結城志緒(ゆうきしお)。 その彼に担任教師の桂(かつら)が絡んできます。志緒は、気さくではあるけれど、教師らしくない軽い言動をわずらわしいと感じ、奔放な様子を苦手だと思います。 物語は、桂(かつら)がふと見せた孤独の影に、志緒が気づいたところから始まります。 二人の出会った場所が図書館ですが、図書館の静謐(せいひつ)ではりつめた雰囲気を細やかな描写で見事に描き出してあり、これから始まる二人の関係の緊迫感を予兆させます。 その桂の持つ孤独な空気に気づいたのも、自分自身、何度か挫折を味わった志緒だからこそなのですが、それは志緒の「受験の失敗という挫折」だけでなく、受験勉強で必死で勉強していた頃、両親は子作りに励んでいたという事実が大きかったのです。そして大人への不快感を感じる高校生の潔癖さも主人公の性格を形成するモチーフとして描かれ、うまくその潔癖さがいかされています。 そういうセンシティブは彼だからこそ、桂の秘密をかぎ取ったという顛末も納得させられます。 いつしか桂に惹かれ、彼女がいるのかと尋ねたときに一生誰も好きにならないときっぱりと答える桂。過去に囚われ贖罪と臆病さから、恋愛は二度としないと誓う心の傷の深さが切ないです。 国語教師である桂の教えた「雪よ林檎の香のごとく」の短歌も、うまく物語に絡んでいます。 (ここからネタばれ) 恋愛の歌だとおもっていた短歌が、実は不倫関係の苦しい恋心を歌った物だと志緒が気づき、歌に秘めた桂の想いも解き明かされ、胸を突かれます。 志緒の桂の救いたい一心でとった行動が、桂の呪縛を解き、新しい一歩を踏み出させます。 傷ついた男を、高校生の一途さが救う物語、緻密でありながら無駄のない描写と美しい表現で見事に描き出される様は、作者の持つ鋭い感受性のたまものだと感じさせられました。
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