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そのエンターティメント性から意外に思われるかもしれないが、榎田尤利という作家の作品には、つねに死の香りがつきまとっている。 一例を挙げよう。 『はつ恋』のなかで、魂だけが過去の肉体にタイムスリップした主人公は(彼の目には過去である)クラスの光景を前に思う「(前略)そんなことを言ったら、クラス中幽霊だらけだ。私自身をふくめて、最終的には全員死ぬのだから」。 ----簡単に発せられる「死ぬ」という発言にギョっとしないか? このように榎田作品の作中にて登場人物が死について触れる、語るシーンは多い。 他にも例を挙げよう。 両親の結婚により義理の兄弟になったふたりの恋愛を描いた『Stepbrother』で、主人公の健輔は以下のように想う「(前略)信じられない別れはなんの前触れもなくやってくる。だから今を大切にしなければならない。愛する人と過ごす時間は、永遠ではないのだから」 もうひとつ挙げると、『普通のひと』(新装版)のなかの書き下ろし短編「普通のオジサン」にて。的場は語る、「今でもオッサンだけど、もっとオッサンになってジーサンになって……それがいやなわけじゃない、歳を取るのはあたりまえのことだもんな。ただ……そのときお前がいてくれなかったらどうしようって……」←ここでは死の手前の「老い」について発言されている。 死(その手前である老い)、はドラマティックな出来事でさえなく「当たり前」のことなのだという認識がそこにはある。 こうした「死ぬことは当然だ、それは回避できない」という、死に向かっての透徹なまなざしが榎田尤利作品の特徴のひとつだとわたしは思っている。 初期の代表作、魚住くんシリーズのなかで死は重要なテーマとなっている。 ここでは過去の、あるいは今の、未来の「死」が繰り返し描かれる。 主人公の魚住はたくさんの不幸を背負っている。が、同情しても思い入れしても、それだけでは魚住には役にたたない。 なんとなれば、登場人物の一人、マリの言うように、神でもないかぎり魚住の、いや誰の人生も救うことはできないからだ。 魚住をかわいそう思わない唯一の人物、久留米だけが魚住に寄り添うことができる。魚住をとりまく死に対し、距離を置くことが自然にできる久留米のみ、魚住のそばにふさわしい。 (恋愛関係を理想化することの多いBLにおいて、この距離感は異質にすら感じるのだが、どうだろうか…)。 死ぬにあたってそうであるように、生きるにあたってもヒトは孤独だ。(当然だ、生と死は裏表なのだから)。 「死ぬかも」と思うような苦しいPTSDの症状にも、魚住はひとりで向き合わざるを得ない。そのくだりで久留米は、ほとんどなんの助けもできていない。 そしてまた、研究者の道を選んだ魚住は久留米を日本において米国へひとり旅立ってゆく。 「生も死もひとりひとりが引き受けるものだ。愛し合っていても、他人の生死ををひきうけることはできない」そのことを榎田尤利はゆるぎない姿勢で描いている。 ----ひとは、なんと孤独であることだろう。 しかし、榎田尤利は人の背負う絶対な孤独感を、いつくしみをもって描くことをする。 キャラクターたちの背負ったさみしさに対して、榎田のまなざしはどこまでも優しい。 『犬ほど素敵な商売はない』のイントロに、以下のように記述されている。 「さみしくてさみしくて気が狂いそうだったので、犬を飼うことにした」 この述慨の主は「攻めキャラ」である轡田だろう。彼は過剰な独占欲を制御できずにいる、ある意味、社会不適応な壊れた人間だ。 彼とつきあうことになるのは倖生だが、倖生は刹那的に生きているロクデナシだ。母親の愛情が足りなかったせいだと己れの人生を言い訳わけするにはとっくにトシがゆきすぎているし、本人もそれを自覚している。 この、孤独をいいわけできないふたりを榎田は、作品のなかで寄り添わせることをする。愛をもって。 ペットラバーズシリーズは魚住君シリーズより、よりエンタメBLであると感じるが、底辺に流れているものには同じ匂いがする。寂しさのにおいがする。 人はみな、孤独なものだ。死へ向かうときは無論、日常のふとした瞬間にも、寂しさを感じることはあるだろう。 だからこそ読者は、榎田作品のなかで恋人たちが結ばれるとき、こころをさいなむ孤独をしばし癒され、幸福感に包まれるのではないか。 刹那の時間だと知るからこそ、寄り添いあう姿に感動するのではないか…。わたしはそう思うものである。 さて、正面から「死」を扱った初期の作品に『永遠の昨日』という傑作がある。永く絶版であったこの作品がこの2010年秋、再販された。「死んだはずの死体が動き回る」という、突飛なアイデアの生きたストーリーであり、同時にどうにも泣かされてしまうお話だ。 BL作品としても異色作と思うので、機会があれば一読をお勧めする。
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