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よしながふみといえば、今最も読まれているBL出身漫画家のひとりである。 緻密でドラマティックな物語を適度な余白・余韻を持たせて読ませる作風は、漫画でありながら非常に豊かな読書体験を与えてくれることが多い。 私がよしなが作品に出会ったのは、『西洋骨董洋菓子店』がテレビドラマ化されるということで書店に平積みになっていた頃であるから、彼女が主たる作品発表の場をすでにBL誌から一般誌に移した後のことだ。 作品冒頭の不思議な「間」に当初戸惑ったものの、エピソードの積み重ね方がいちいち秀逸で、当時30歳になるかならないかの私は、おそらく初めての「信頼できる同年代の女性漫画家」として彼女を認識した。 30歳代も残り僅かとなった現在は嬉しいことに、同年代どころか自分よりずっと若くても信頼できる作家がたくさんいるのだが、仕事が忙しくて新しい作家を開発することが困難だったあの頃、当然読んでいた作家の多くは学生時代から追いかけていた、即ち私より年長の作家たちの作品ばかりだったのである。 『西洋骨董洋菓子店』にドはまりした私が彼女の作品を全て網羅するのは必然であり、時間の問題であった。 よしながBL作品で評価が高いのはやはり、『ジェラールとジャック』『執事の分際』といった革命期フランスものであろう。 私自身、物語としての完成度の高さもさることながら、「身分差」という萌えはこれら作品から学んだと言ってもいい。 しかし、私の人生を変えたという点においては、『1限目はやる気の民法』が一番である。 本作は、附属高校出身者の中でもとにかくちゃらんぽらんな人物ばかりが集まると言われる楽勝ゼミに、純粋に学問がしたくてうっかり入り込んでしまった真面目人間・田宮と、ひときわ軽薄そうな代議士の息子・藤堂の、友情から始まる物語である。 よしなが氏自身の出身学部である法学部が舞台ということもあり、先に示したようなフランスものとは異なる地に足ついた現実感があるとともに、若干バブル期の残り香漂う雰囲気は、自分自身の学生時代の光景と一部重なり、何とも言えない懐かしさを覚える。 藤堂の父が汚職事件で失脚した際にひとり、正義感を持って彼の元を去ることを拒んだ田宮。 大学3年生にして初めて自分の性癖を認識しつつある田宮の心の傷を程よいタイミングで舐めてやる藤堂。 田宮があまりにも真面目で不慣れなため、茶化したような藤堂の態度はまっすぐには伝わらず、あるいは伝わってはいても照れが勝って、長く友達扱いに留まっている、そんな関係は何とも愛おしい(いや、田宮の“照れ”は、恋人になってからも続くのだが)。 また、藤堂の外見がいかにもちゃらい(特に1巻において)のはご愛敬だが、田宮が逆に決して「優等生受け」らしいビジュアルではない点は、本作の魅力のひとつではないかと思う。 ところで、本作はコミックス2巻構成であるが、1巻は大学3年のゼミスタートから大学卒業までを描くMAGAZINE BE×BOY掲載分を全て収録する一方、2巻は同人誌発表分のみから成り、大学卒業7年後の2人と、スピンオフとして藤堂の弟に関わる物語が収録されている。 このため、1巻と2巻の性描写にはとんでもないギャップがあるのが特徴である。 そして実は、本作がBL作品として「私の人生を変えた」と言えるのは、この要素が大きい。 ぶっちゃけてしまえば、この2巻の直接的な性描写(というか性器描写)に、「私の知らない数年の間に、BLはここまで来ていたのか」と度肝を抜かれたのだ。 かといって、嫌悪感は全くなかった。 商業BL雑誌でこうした同人誌レベルの性描写が現われ始めたのがいつ頃のことなのかは寡聞にして知らない。 しかしそれからさらに約5年を経て私が本格的に商業BLにはまろうとする頃にはかなり浸透していたことを考えると、本作を含むよしなが作品でBL作品における性描写に馴れていたことは、私にとって充分なアドバンテージであったことは間違いない。 おかげでこの後、何でも読めるBL雑食への道をひた走ることになったのである。
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