西炯子はデビューこそJUNEであり、初期のBL小説作品や雑誌の表紙を多数手がけているが、本人の作品としてのBLはその多作ぶりに比して非常に少ない。
私は西炯子の作品が好きで学生時代からずっと追いかけているのだが、すっかりベテランの域に入り飄飄とした味にますます磨きのかかる近年の作品の方が好みであるため、繊細な読み口の初期のJUNE系作品を読み返すことは実際の所あまりない。
ここ数年の作品で最も読み返したのが、表題に挙げた『STAYリバース 双子座の女』である。
本作はその出版レーベルから明らかなようにもちろん非BL作品であるが、私にとってはBL的な要素も含めて非常に重要な作品の一つである。
本作の紹介に先立ち、本作を含む『STAYシリーズ』について若干説明したい。
シリーズの端緒は2002年連載開始の『STAY―ああ今年の夏もなにもなかったわ―』という、作者の出身地でもある鹿児島の「高校の演劇部員5人娘たちのそれぞれのひと夏の思い出をオムニバス形式で描いた、イケてない青春物語」(カバー裏に記載のあらすじ転記)であり、以後このオムニバス短編をふくらませた単行本1~2冊の作品が『今年の夏も…』を含めて7 冊刊行された。
シリーズ中で『双子座の女』が何より異色なのは、前述の高校演劇部とはまったく関係のない物語である点だ。
本作の重要登場人物・刈川エリは、『今年の夏も…』の最初の短編『STAY』の主人公(この人物は前述の高校演劇部員)が参加した短大のサマースクーリングの参加者である他校の生徒で、宝塚の男役のような容姿が実はコンプレックスである主人公の心が解放されるための手引きをする人物である。
『双子座の女』はこの短編の構造をそっくり再利用し、『STAY』で主人公であった「男性的な容姿の女性」を、「女性でありたいのに男性であることを強いられる性同一性障害の男性」に置き換えることで、よりテーマを明確にした。
上にも述べたように『双子座の女』の主人公は刈川ではなく、高校の生徒会長を務める男子生徒で、大手電気店の跡取り息子・坂本清雅である。
清雅は端整な顔立ちに眼鏡に七三分けの見るからに真面目な優等生で、剣道部に所属する有段者でもあり背が高く体格もいい。
しかし彼は人知れず深い悩みを抱えていた。すなわち性同一性障害である。
ひょんなことから彼の秘密を知ってしまった刈川は、秘密を守ることを約束し、彼の唯一の「女友達」となる。
清雅には双子の弟・涼雅がいる。
涼雅は容姿こそ清雅にそっくりだが、ケンカや夜遊び・女性関係など、行動は清雅と正反対の不良そのものである。
清雅と急に親しくなった刈川に対して涼雅は思うところがあり、探るような行動を取る。
一方で刈川も、清雅との関わりの中から、彼と涼雅の間に「何か」があることに勘づく。清雅が全てを打ち明けたとき、刈川は彼を強力に後押しすることを再び約束する。
清雅の恋愛も大きなテーマの一つではあるが、物語の中心は彼が彼らしく生きること、そのため刈川との「女同士の会話」に多くのページが割かれている。
刈川の高校生離れしたクールでクレバーな、しかも女性らしいキャラクターは、BL作品に登場する「主人公に対してやたらと理解がある、都合のいい女性」像に重なる部分も大いにあるのだが、少女漫画である本作ではこの圧倒的な存在感はむしろ心地よい。
なぜなら作中の清雅は正しい意味で「少女漫画の主人公」であり、自らの性別に、恋心に、将来に、生き方に、とにかく「ぶれる」存在であるからである。
既に成人して久しい私からすれば、「刈川のような親友が欲しい」とは思わないが「刈川のようにありたい」とは思えるような人物像である。
刈川に同調して物語を読み進めると、清雅という不格好な少女の可愛らしさに、何としても幸せになって欲しいと願わずにはいられない。
一方で、私はまた清雅にも同調する。
その要因は、清雅の能弁な目の表情だ。
美しいものを見てうっとりとし、女性としての自分を取り戻して満足し、自分の置かれた状況に絶望する。
彼の理想とする女性像は、現実に女性である私の思い描く理想とは全く異なるからこそ、単純ながらも悲壮な彼の望みに、ひどく心動かされるのだ。
清雅と涼雅の関係については、清雅が刈川に出会う前からすでにすれ違っているので、物語が大きく動く終盤を除いてはところどころに挟み込まれる小さなエピソードのみである。
この点からも、本作はラブストーリーとは言い難く、従ってこれを目当てに読むべき作品ではないことは明らかである。
とはいえ、「兄弟もの」「不良×優等生」というキーワードや清雅の容姿(受けにしては体格がよすぎる上に、似合わない女装の目白押し)と性格(まさに「乙女」)のギャップなど、BL的にも充分おいしい要素に満ちあふれている。
クライマックスシーンに関しては、BLであれば逆にギャグにすらなってしまいそうなところ、少女漫画であるが故に実現した美しさは見事である。
本作は、非常に重く考えさせられるテーマを、ところどころにコミカルなシーンを挟みつつ、幾分駆け足な部分はありながらも1冊できっちりとまとめあげるベテランの力量を味わえる作品であると断言できる。
また、『STAY』シリーズの1作ではあるが、多作との直接のつながりはなく単独で読むことが可能である。
是非多くの人に読んでみてもらいたい。