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木原音瀬という作家を語るとき、多くの人は「痛い」という表現をよく用いる。 確かに最近のBLジャンルは、明るく楽しいだけというストーリー以外にも、重厚で骨太な作品も確実に増えつつある。 しかし木原作品はそういったものとも、また一線を画しているような、そんな気がしてならなかったりもするのだ。 基本的に木原作品のキャラクターはだいたいそこらへんに普通にいる人(性格はともかくとして)、もしくはそれ以下が多いように思う。 そう、資産ウン兆円の財閥御曹司でもなければ、巷を賑わせる芸能人でもない。 教師、サラリーマン、公務員、果てにはヒモやらホームレスまで、正直ろくでもない人間も少なくない。 ハッキリ言って現実感たっぷりで、夢がないというか華がない。 なのに彼女の紡ぐ物語が、多くの人を捕らえて離さないのは一体どうしてなのかな、と私はふと思う。 「痛い」のに読み終わった後の、痛みだけではない何かが木原音瀬の描く物語には確かに潜んでいる。 それは何なんだろう、とちょっと考えてみた。 まず木原作品の特徴は、とにもかくにも「嫌な奴」が多いことに尽きる。 それは作品タイトルにもなっているほどで、やはり木原音瀬にとってそういう人間を描くことは意識の奥底にこびり付いているものなのかな、とも思ってしまうくらいだ。 しかしよく考えれば、本来、人なんて皆、嫌な奴ではないんじゃないのか・・・・・・。 どんなに綺麗事を言い並べようが、自分が一番かわいいし、自然と自分の望む方向へ動く。 自己犠牲ですら、私はその向こうに自己満足というご褒美があるからこそだ、などと思っていたりするのだが、それは飛躍しすぎだろうか。 もちろんそういったものが全て「嫌な奴」に繋がるという訳ではないんだけども、要するに人は多分に自分の欲望に向かう生き物である、ということは間違いないのだと思う。 そういう意味で木原作品の登場人物たちは、とても自分に正直だ。 例えば人の心を弄ぶのが趣味のドクター谷脇(「POLLINATION」)、自殺を止めてくれた恩人の警察官を犯してしまうホームレス百田(「薔薇色の人生」)、愛する人の為ならば人殺しも厭わないしのぶ(「WELL」)、肥満でマザコンで我儘三昧の今蔵(「Don't worry mama」)など、挙げればきりがない。 しかしまだこういった派手な性格のキャラクターならば、お話として客観視できるのかもしれないが、一番厄介なのは割合と地味なキャラクターの意外な欲望を見せつけられた時だ。 それは自分の子供の前なのに抱かれる事を拒めなかった啓介(「さようなら、と君は手を振った」 )、熱に浮かされ歯止めが利かなくなったように門脇を押し倒した松下(「あのひと」)、叶わない想いを自覚し、死んで堂野の子供に生まれ変わりたいと願った喜多川(「檻の外」)。 それらのくだりは不意に現実離れしたものでなく、まさに自分を鏡で見ているような、そんな感覚に陥ってしまう時がある。 好きな人に対する強烈な独占欲と執着心、それを満たすための我儘・甘え・横暴・・・・・・それは自分にも確かに憶えのある闇深い感情。 木原音瀬を読んだ時に感じるある種の不快感やしこりの一端は、まさにここにあるのではないのかな、と私は感じていたりする。 現実を忘れたくて物語に没頭しているのに、何故か現実の感情に支配される感覚。 これがいわゆる木原作品に根を張る「痛い」の正体なのだと思う。 しかし「痛み」を感じる頃には読者の心は登場人物と同化し、そのバカチン振りや不幸な様に胸を痛めつつ、彼らの行く末が幸せであるようにと見守り、祈る。 多くのBL読みの中には木原作品を避けている理由の一つに、わざわざ自分の感情を捩じ切るような思いまでして、そんなしんどい物語を読みたくない・・・というモノもあるのかなと思う。 もちろん予定調和の紋切り型が悪いとは言わない。 王道は沢山の人に愛されるからこその王道であり、それはそれで物語としては非の打ちどころがない仕組みを持っているはずだからだ。 でも初めからキラキラした王子様も良いけれど、泥にまみれたどうしようもない奴らの汚れが落ちてゆく様を見るのも、これまたなかなかオツなものじゃないだろうか。 そこには本当の美しさや強さ気高さが必ずある。 また木原音瀬という人は燃え上がる愛よりも、継続する愛を描く作家だと私は思っている。 彼らは一気に熱を放出するのではなく、物語が閉じた後も内包した熱を逃がさないようにしながら、淡々と生き続ける。 実際のところこれこそ現実味のない夢物語ではないだろうか。 永遠の愛なんて奇跡だ。 しかし実はそれを、木原音瀬は大真面目に描き続けているようにも見える。 痛みの先にあるそのとろける様な甘さ、木原音瀬を知らない多くの人たちにもぜひ味わっていただけたらなと思う。
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