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ドラマ化もされたコミック、『百鬼夜行抄』といったホラーや、『文鳥様と私』のようなコミカルなペットものでも有名な今市子先生。実は、ボーイズラブのジャンルでも、名品が多いのです。 現在、『花音』に連載中の『僕のやさしいお兄さん』は、今市子先生らしい、複雑な家庭環境という舞台設定と、その中でそれぞれキャラの立った家族が丁寧に描かれているのが魅力。そして、もちろんその中心となる主人公柏原聖(かしわばらさとし)と義理の兄である葛飾鉄平(かつしかてっぺい)との、なかなか上手くいかないすれ違いラブが胸キュンものです。 聖が、初めて訪れた新宿二丁目。ちょっとだけ体験のつもりが、二丁目で「王子」と呼ばれる、美青年と出逢って恋に落ちてしまう。人生初の二丁目でそのままホテルへ……。ところが、そのまま簡単に二人は結ばれないのが今市子流(?)。聖の携帯に届いた「チチキトク」のメールに邪魔をされ、その夜はキス止まりで終わってしまいます。いきなり、しょっぱなから二丁目→ホテルというかなり濃い目の急展開に、ハラハラと読み進めていた読者も、ここで手痛い“おあずけ”をくらってしまうわけですね。 そして、父の死によって、ずっと離れて暮らしていた母と同居することになった聖。母の家を訪れてみると、そこに同居しているのは、聖の実母の義理の息子だという葛飾鉄平。その鉄平こそが、聖の初恋の相手、二丁目の王子! 二丁目ではさらさらのストレート、なのに、普段は天パにメガネ、小学校の臨時教員らしい服装センス。このあまりのギャップに、笑いながらも萌えてしまう読者は多いはず。しかし、ただでさえホテルでおあずけ、というところからスタートしたのに、いきなり家庭の事情により、一つ屋根の下で暮らす義兄弟になってしまう二人……。キツ~い、禁欲生活の始まりです。 さらに、聖の異母兄弟にあたるノンケでどうしようもない女好きの柏原彰人(かしわばらあきひと、通称アキニン)までもが同居することになり、彼が終始、この家庭にトラブルをまき散らしてくれます。けして悪いヤツではない(……と思う)んだけど、鈍感で二人の感情にまったく気付かずにいる彰人の発言や行動は、読者にとってはつい笑ってしまうツボながら、鉄平、聖にとっては心臓ドキドキ、「バレた?」のヒヤヒヤ発言の連続。彰人は『花音』(2009年10月号)にいたっても、いまだ二人がゲイだと気付かず、ノンケと信じて疑わない、徹底した鈍感っぷりです。 三人一緒にドラマを見ていると「けっホモかよこいつ」。「だってあいつホモだぜホモ! ホモはダメだ襲われるぞ!」と鉄平のためを思って、親身にアドバイスする彰人(2009年8月号)。ともすれば、出てくる男、出てくる男、ゲイばかりになってしまいがちなボーイズラブの世界においては、希有でリアルな、現実の「男」に近い男なのかもしれません。まあ、鉄平、聖にとっては、ある意味二人の間の壁の一つでもある、有り難迷惑な存在だとしても……です。 そして、もう一人のトラブル・メーカーが、聖の武道の後輩である久松。ずっと聖に片思い中。これまで女としか付き合ったことのない聖の目覚めるきっかけになれば、と二丁目に連れて行ったのがこの久松。それなのに、そのたった一回で、聖は王子に(肉体はともかく)心をさらわれてしまうという、ちょっとかわいそうな存在。そして、鉄平=王子と気付かないまま、聖、王子の二人にいろいろなアクションをしかけてきます。 とにかく、サブキャラがそれぞれ個性的で主人公に負けない輝きを持っているのが、この作品、いや今市子作品の大きな魅力のひとつ。聖の実母もそうですが。ボーイズラブ作品の中では、どうしても微妙な立ち位置になってしまいがちな家族や女性キャラ。それをここまで魅力的に描写できるのは、今市子先生ならでは、でしょう。ゲイ夫婦疑惑も持ち上がる、聖のじいちゃん、大じいちゃんも実に個性的。大じいちゃんは元特攻隊員ながら、「お前…男の子が好きなのか女の子が好きなのか」と聖を心配するじいちゃんに「やりたい盛りの高校生だぞ。そんなのまだ決められないさなあ」とフォローを入れる寛容ぶり。 とはいえ、やはりこの作品の一番の読みどころは、ほとんど両思いなのに、一つ屋根の下で暮らしているのに、なかなか進展しない鉄平と聖の関係。最初がいきなりホテル……という展開で始まったから、さぞ濃い展開になるかと思いきや、2巻にいたっても、そして『花音』(2009年10月号)にいたっても、いいところまでいっても先に進まない、思わずマンガの誌面に向かって、「大丈夫だから、二人とも愛し合っちゃってるんだから、もう一歩行け~!」と叫びたくなるようなイライラさせっぷり。ドリフのコントを見ていて、「志村、後ろ~、後ろ~!」と叫ぶ、子供の心境と同じと言いましょうか(世代的にわからない方は、どうぞこのたとえはスルーで……)。 聖のことを思って、思って、思い悩むあまりに、壁に頭をガンガン打ち付けるほどの鉄平の気持ちに対し、自分が愛されているなんてまったく気付かず、これまた思い悩む聖。この二人のすれ違いっぷりこそが、『僕のやさしいお兄さん』の醍醐味。もう、こんなに思い合っちゃってるのに~、なんて二人ともそんな不器用な……。しかも、聖はともかくとして、鉄平は二丁目で「千人斬り」とまで言われている王子なのに! そんな遊び慣れた鉄平までも、どうしていいのか思い悩んでグルグルしている辺りが、萌えポイント高し。ホントの恋に出逢ったら、どんなモテモテな人間も平静ではいられないんだなぁ~、なんて奥深いことを学びつつも、毎回がドキドキハラハラです。いつか、ホッとページを閉じる日はやって来るのでしょうか。読者にとっても安眠の日々を早く与えて欲しいと思う今日この頃です。
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