坂木司さんは、出生以外年齢性別不明の覆面作家としてデビュー。
この「青空の卵」がデビュー作ですが、ペンネームが本書の語り手である“僕”と同じです。
こちらは、BLではありません。
ひとくちに言えば一般書、「青春ミステリ小説」というくくりに入るかと思います。
外資系保険会社に勤める僕・坂木司と、コンピュータープログラマーでひきこもりの鳥井真一。身近で起こるミステリを一緒に解決しつつ、二人の心の結びつきや周囲の人たちとの交流を描いています。
この作品は賛否両論あります。
それにはいろんな理由があるのですが、その中のひとつに坂木と鳥井の関係に友情以上のもの、はっきり言えば非常にベッタリとした愛情を想像させられてしまうというのがあります。つまり、男同士のそういう関係を受け入れられない方に、不快感を与えてしまうのです。
しかししかしですよ。
それならどんなかすかな「腐」の匂いにも敏感な女子には持って来いの一般小説ということになりませんでしょうか(笑)
例えば友人たちが彼らを評するひと言にこんなのがあります。
「相変わらず仲良しさんだな、お前ら」坂木と鳥井は自他共に認める二体一対なのです。
そして坂木が鳥井を思う語りの中には、
「彼は僕という一神教の熱烈な信者だ。僕を世界でたった一人大切にすべき存在だと思ってくれている」
「僕は時々怖いことを考える。もし鳥井の身体がどこか不自由だったら。そして自分のせいで彼がそうなっていたのだとしたら。誰はばかることない大義名分が先にたって。僕は一生鳥井のことを気にしながら生きていってもいいんじゃないのかと」
これだけでも友情というには随分濃い気がするのですが、これ以外にもお互いに向け合う思いの糧はたびたび出てきます。
鳥井のひきこもりは、母に捨てられたこと、そして中学校でのいじめによって起こりました。一人きりになった鳥井に手を差し伸べたのが坂木で、それ以来鳥井は坂木を通してしか外と関係を持たなくなっています。
坂木が一緒なら近所のスーパーに買い物に行くことはできますが、一人では表に出ようとしないし、坂木以外の人と接することも極端に嫌います。
坂木を通して物を見ているので、坂木の感情の変化に揺さぶられ、坂木が動揺したり悲しんだりすると、鳥井もとたんに感情が不安定になってしまいます。
坂木が外資系の会社に勤めたのは、休みが取りやすく鳥井と一緒にいる時間が多く持てるためという理由。
それこそ卵の中に二人で籠るように、20代半ばとなるまで過ごしてきたのです。
なんだかBLでもありそうな設定ですよね。
本書ではそんな日常にちょっとした事件が起こり、それを解決していくことで二人の周りに人が増え、その世界が広がっていきます。
坂木しかいない(いらない)世界に住むひきこもりの鳥井の自立・・・であることはもちろんですが、鳥井に頼られるという意義に自らも依存していた坂木の自立も描いています。
お互いに依存していた二人が、一歩ずつ外へ出ようとしていく、葛藤と成長のお話です。
短編5編の構成です。
しかし腐の観点から言えば「自立しないでいいから、いっそのこと結婚しちゃえば?」と言いたくなるんですけどね(笑)
腐の目には、友情ではなく「それ愛情だから」と言いたくなるような文章が端々に出てきます。そして実は短編のひとつにはズバリ男同士のカップルも出てくるんですよ。
一般小説として並んでいますが、私としてはどちらかというと「腐」な方にオススメしたいんですよね。そういう人こそ妄想が広がり楽しめるんじゃないかと思います。この二人の関係を普通の友情として理解しようとすると苦労しそうですが、男同士に偏見を持たない「腐の人(笑)」の方が、すんなり受け入れそうな気がします。
デビュー作ということもあり文章が稚拙という評価もありますし、ある意味おとぎ話的で夢見がちな空気が合わない向きもあるかもしれませんが、優しい気持ちになれると思いますし、BL慣れしているかたでもまたちょっと違った萌えを発見できるかと思います。これだけ匂ってるのに恋人じゃないというところが、じれったいですけど(笑)。
あくまで一般小説ですのでキスやHなどはありませんが、「BL読んだことないけど興味がある。ちょっと香りに触れてみたい」という初心者さんにもいいかも。
「ひきこもり探偵シリーズ」として、他に続編が二冊出ていますので、お気に召しましたらそちらも楽しめます。