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杉原理生さんの文章は、しつこさがなく、穏やかで、優しく、まるで森林からわき出る天然水のような文章です。 一話を丁寧に書かれるので、量産はないのですが、できあがった作品はどれも雰囲気があり、文章の行間から杉原先生らしさがにじみ出るような作品に仕上がっていて、根強いファンが多いことも頷けます。 中でもこの「スローリズム」は、派手なセックスシーンもないし、お互いを罵倒しあうような修羅場も、全てが崩壊するようなカタルシスもない、どこにでもあるような日常が淡々と描かれている作品です。 どう淡々かというと、高校から仲のいい二人のサラリーマン矢萩と水森が、時々会って呑みにいくという、とてもBLらしくない地味な設定なのです。 アラブの王様や、社長や、敏腕刑事が活躍するBLの世界において、普通のサラリーマンはごく少数。しかもサラリーマンが登場したとしても、労働基準監督署に訴えられそうなほど残業をこなし、バリバリ働きながらしかも、精力的に恋人とセックスして。 そんなスーパーサラリーマン的表現のない普通なところがじれったい、とおもう読者の方もあるかとおもいます。ですが杉原作品は、その行間にただよう"相手を想う空気"を味わい楽しんでいただきたいのです。 ゲイだと告白している矢萩は、「水森のことは決して好きにならない」と宣言しながら、水森のことを友人としてとても大切にします。親友としてのスタンスを壊したくないから「絶対好きにならない」と何度も水森に宣言します。 ノンケの水森も、矢萩のそんな思いやりを傷つけまいと、何も気づかないフリをし続けます。 友人でなくなる怖さの前に、決着をつけようとは決してしない矢萩。それだけ水森との関係を大切にしていることはどことなく伝わってくるものの、決着を突きつけられないから水森もまた、自分の中の矢萩への想いについて突き詰めることもせず、そのまま12年を過ごしてしまいます。 夜ごとにとりとめのない電話をする二人、静かな夜にかかってくる矢萩からの電話を待っている自分に気づき、さすがに矢萩にとても大事にされているということを実感し、座り心地の悪い気持ちを抱き始めます。そんなに大事にされているのに、矢萩は「決して好きにならない」というのです。 その言葉の上でのんびりあぐらをかいていられなくなった水森。いつしか、本当の気持ちを自分に打ち明けて欲しいと願うようになります。 長い時間を掛けて寄り添うようになる二人の気持ち。お互いがお互いを大切におもっている話なので、じれったさというよりも、二人の想いがマリンスノーのように降り積もり堆積していくのを見ているような、そんな優しい気分になります。 上質のシャーベットを舌の上にのせたようなさらりとして、それでいて優しい甘さが残るそんな作品です。
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