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『お前は魚だ。 陽のささない、人知れぬところにじっとひそんでいる、凶暴で歯の少ない深海魚だ。』 そう「深海魚」と称されるのは、地方都市の大学に通う水並潮。 『生身の人間というのは、ぼくにとって識別不能の高エネルギー体のようだ』 と語る潮は、大学でも有名な変わり者で通っています。 そして実際、彼は特殊で変わっているのです。 潮の視覚は何と、三メートル先のモノは見えず、そのかわりに生物が発している固有の色や光(オーラ)が見えるのです。存在感があり、強烈な個性を持っている人間ほど、そのオーラが輝き、時には潮が直視出来ないほどの光を放つ人間もいるとのこと。 そして彼は大学に通う以外は、青いカーテンを閉めきった部屋にこもりっきり。コミュニケーション能力はゼロに近く、誰とも関わらずにひっそりと、しかしマイペースに過ごしている潮。 そんな臆病で深海魚のような暮らしをしていた潮にも、憧れの人がいました。 大学の先輩で素晴らしい美貌を活かし、バイトでモデル業に勤しむ月岡俊。 俊は潮曰く『燃えるようなソーラー・ゴールドの持ち主』です。 眩いばかりの黄金の光を放ち、炎のような強い生命体である俊と、強烈な光の前では干上がって倒れてしまう繊細な深海魚の潮。 水と火、全く正反対の二人が惹かれ合い、恋に落ちます。 この「トラブル・フィッシュ」に始まる潮&俊シリーズは、社会に適応できず、自分の世界に引きこもって生きてきた潮が、力強く生きるパワーに溢れた月岡俊と出会い、恋をすることによって、だんだんと社会で生きて行く術を自分なりに見つけ、前向きになって行く成長物語です。 繊細で臆病な青年が恋によって成長するというのは、よくあるお話といいますか。王道過ぎるほど「王道」です。しかしこの「王道」な物語を、ちょっとヘンテコで、ファンタジックにしているのが、主人公・水並潮の「半妖」という設定です。 私は当初、人間を光(オーラ)で認識するというのは、センシティブで芸術家肌である潮の脳内イメージで、社会に適合できない彼の歪さ・寂しさを表現しているのかと思っていたのです。 しかし読み進めて行くと潮は社会不適合者どころか、本当に普通の人間ではなさそうなのです! 小説ではハッキリとは書かれていませんが、恐らく潮は半妖だと思って間違いないでしょう。 不思議過ぎる存在の潮に、読者の頭にはハテナマークが飛び交うかもしれません。 この不思議っぷりにハマるかハマれないかで、この物語を楽しめるかどうかが決まります。 私は「?」となりながらも、潮の魅力に俊同様、メロメロになりました。 半妖といっても、どちらかというと魚(妖)により近い潮の性質。 深い海底から青いレンズを通して見る潮の世界は、常人が決して見ることの出来ない不可思議な景色でいっぱいです。 そんな潮と俊のセックスシーンは喘ぎ声や直接的な表現が余りなく、水・光・炎・風・嵐といった自然 現象と、幻想的なイメージ映像で綴られるのですが。これがもう!美しくてファンタスティック!!読んでいてうっとりと、ため息の連続です。 なぜそこで大洪水が!?いつのまに海に?その炎は幻なの??などと、野暮なことを言ってはいけません。これはファンタジーで、不思議なことは当たり前。理詰めで考えず、センシティブな感覚で楽しむ物語なのです。 潮と付き合うことによって、色々な不思議現象に巻き込まれることになる俊。 人間としての常識で、潮を追い詰めてしまわないか。半妖の潮と一緒にいるためにはどうしたらいいの かと思い悩みますが、二人が別れる事は決して考えません。 その非常に前向きというか、潮に対して一途な姿がとても素敵です。黄金のオーラを持つ人間はこうでなくっちゃ!と素直に思えるほどの男っぷり。でも時々、発情期の潮に翻弄されたり、ヘタレたりしている彼も可愛くてツボです。 人間と深海魚のファンタジックなラブストーリー。 文体もストーリーも、読む人をかなり選ぶ作品だと思いますが。 ハマる人はスコーンと、この不思議な世界に浸れます。 作者の尾鮭あさみさんはJune小説道場出身者。 この「トラブル・フィッシュ」はデビュー作で、道場への投稿作でした。 風変わりでセンシティブなこの作品は、道場主である中島梓さんの評価も高かったような記憶があります。 ファンタジーとギャグの融合、スピード感溢れる尾鮭さんの独特の世界観は、彼女の名前をもじって「サーモン・ワールド」と呼ばれ、親しまれていました。 私も大好きな作家さんだったのですが、2004年に残念ながら断筆。 サーモンさんがどういう経緯で断筆に至られたかは、私には全く分からないのですが。 今でもこの作品を読み返すたびに、サーモンさんの復活を願わずにはいられません。
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