広辞苑によると、「オヤジ(親父・親仁・親爺)」とは、父親を親しんで呼ぶ語である他に「老人」「親方」…あまり知られていないであろう、「主神」はたまたヒグマの俗称…と、実に様々な意味をもつ名詞だ。 しかしこれが腐女子たちにとってはどうだろう? 萌えワードである。 主に三十代から上を指すであろう解釈での「オヤジ」は実に魅力的なニュアンスを秘めている。あの人としての脂が乗った堂々たる貫禄…! はたまた若年層に翻弄される様…! 腐女子としてはボルテージを最高潮まで導かれるだろう。だが、彼らは、彼らなりに悲しいリスクを背負っているのだ……。 その代表例が、体力低下、腹・髪・肌の危険信号、熟年臭と言える。 これら3つをオヤジ三重苦と銘打つことにしよう。 私は平日は電車を利用しているのだが、その際様々なケースで三重苦を目の当たりにする。 階段がなんだかしんどくて息切れ…、苦労の数の皺……、煙草が交ざった怪しげな香り………。 数年前までの私なら顔をしかめたであろうそれらだが、今や腐りきったハートにクリティカルヒットなのだから驚きだ。 美しいモノだけを美しいのだとは位置付けなくなった……その点で、私はオヤジによって一つ大人になれたのかもしれない。 私の場合は匂いフェチ(体臭専門)の傾向が有るため、特にオヤジ特有の香りはかなり重要な要素である。 酒や汗の匂いは嫌いだが、オヤジ臭は結構………好きだ。 ノンケ男子がよく口にする、「女の子特有の甘い香りが好き☆」と限りなく同じ感覚で「オヤジ特有の変な香りが好き☆」なのだ。 あれを何と例えようかと散々考えたが、あまりに多種多様かつ独特なため、なかなか良い例が見つからない……。 しかし、香ってくる様子を擬音化すると、「むぁ~ん」なのは確かだと思う。 決して“良い”匂いではないはずなのだ。 それにも関わらず、ついリピートしたくなる………。 ……この世に生を受けてもうすぐ十九年…私は自分の嗜好に悩むのを諦めた。もう認めよう、私は変態だ。 そんな私の天敵……それは香水である。 あれは人類の負の発明だとしか思えない。……いや、香水を全否定するつもりは毛頭無いが、オヤジ用の香水については激しく抗議したい。 もちろんお洒落なオヤジは大いに結構だが、服や髪だけを凝れば良いものをなぜオヤジ臭までも消してしまうのか! 電車内で人工の渋い香りに出会うたび、がっかりしてまうのだ……私の一番好きなオヤジ要素の可能性を、台無しにされてしまったことに。 オヤジはオヤジ臭あってこそ私の中で輝くのだ。だからあの匂いは欠かせない! そんな私の心に、「なんか匂ってきそう」という角度から攻めることができた二次元のオヤジは、今のところヤマシタトモコ先生の傑作『くいもの処 明楽』の居酒屋店長・明楽を除いて他にはいない。 彼はまだ三十二歳とオヤジの卵だが、先生に描かれた髭や目つき、Tシャツに生きざまから成るオヤジオーラは、オヤジ偏食家を自負する私の感情を掻き毟り、作品中たびたび見受けられる彼の裸体に、私は自身のマンガ人生で初めて赤面を覚えた。 98ページにて、年下で攻めである鳥原が彼の首筋に顔を埋めているのだが、あのシーンで私は鳥原になりたいと切実に思った…。あのただならぬ色香は(欲を言えばもう少し体毛を強調して頂きたかったが)、思わず本を嗅いでみたくなるほどであった。 実際に嗅いでみた。 ……当然の如く紙の匂いだった。私は泣きたくなる。BLの世界は無限だが、ここに確かな二次元の限界を見てしまった。 このように、私のフェチはマンガや小説ではどうあがいても得られない感覚であるから、体臭はリアルのオヤジに頑張ってもらうしかない萌えアイテムなのだ。 だから世のオヤジたちに言いたい。 「さぁ!自分の匂いに自信を持って!」 ………言えるものなら言いたいが、自分の立場や将来を鑑みるとそんな変態発言は自重せざるをえないのが現実というものだ。 いっそマニフェストに上がらないか。…そんな平和すぎる世の中を期待する、私の頭が一番平和か。 そういえばつい先日のことだが、朝の通勤ラッシュの中、私の前にいたオヤジ(推定四十代前半)が、なにやら良い香りを漂わせていた…。 「これはまさか……石鹸!?」 そこは千葉のローカル線、東京ほど整ってはいない線路の影響で、電車はガタガタとよく揺れる。 そのため車内の空気も動くからして、前方のオヤジの香りは波のように私を煽った。 まだ眠かった私の脳は一気に活動を開始し、あらゆる可能性を巡らせた………。 「シャワーですか、バスタブですか? その際一人でしたか、二人ですか?……失礼ですが、お相手の性別は…?私はどっちでもかまいませんよ…むしろ♂が良(ry っていうか…お若いですね☆まだまだ現役じゃないですか……あ、できれば仕事帰りも、前に立ってくれませんか…!?ええ、リアル体臭も是非…」 嗅覚と脳の処理以外の神経は、顔の緩みを堪えることでいっぱいいっぱいである。 まさか目の前の女子が、無表情の裏で自分の香りから破廉恥な想像を繰り広げているとは思うまい。 そのスーツの内側のドラマを描いているとは思うまい。 オヤジは何食わぬ顔で石鹸の香りを撒き続けた。 もちろん単なる朝風呂派だとも十分に考えられたが、腐りきった私の思考回路にそんなニーズはあるわけもなく、より刺激的な方へと発想を展開し…………結果、朝から妄想に耽ったのだ。 オヤジの香りが、萌えだけでなく夢をも与えるとは!もはやオヤジは、萌え社会を導くファンタジスタと言えるだろう。 私は今後、このままに留まらずオヤジ熱がどんどん一般化することを大いに期待している。 進化や発展の先にあるのは破滅だと人は言うが、オヤジ熱は違う。 なぜなら、私達腐女子がいるからだ!