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小説June、1996年2月号。中島梓先生の小説道場最終回、魚住くんシリーズ第一作目「夏の塩」掲載。 榎田尤利先生の魚住くんシリーズは、まさにJuneがBLへと変わっていく時期の作品だ。 トラウマを抱えた主人公に、人の生死を扱う重いテーマ。しかし、確立されたキャラクターたちと、先の読めない物語の展開に、エロスもある。Juneの痛い部分を十分に孕みつつ、BLの萌えの部分がいっぱい詰まった作品なのだ。 主人公の魚住真澄は孤児で乳児院、養護児童施設、養子先を転々とし、やっと落ち着いたかと思ったらその養父母と兄を交通事故で亡くす、というハードな生い立ちの大学院生である。必要以上に話が重くならないのは、魚住自身がその不幸を憎むでもなく他人のせいにするわけでもなく、ただぼんやりとはかなげに生きているからだ。そして、見た目も美しい。 自覚なしに感情を閉じこめて味覚障害や摂食障害に陥っている魚住だが、久留米やマリなどのたくさんの身近な人間との交流によって、人間的感情を取り戻していく。 というと、恋人が救ってくれるんでしょと思われるかもしれないが、そうではないところにこの物語の素晴らしさがある。 結局のところ自分を救うのは自分でしかないと、この物語はいうのだ。 魚住にしても、インド人の顔をしたイギリス国籍のサリームにしても、父が魚住の家族を轢いたことで一家がばらばらになったマリにしても、過干渉の母から逃れられず共依存気味の響子にしても、HIV で親から見捨てられたさ ちのにしても、上げれば切りがないのだが、皆自分の居場所を探している。 自分の力でどうにもならないことは世の中にたくさんあるが、それでも生きていかなければならないという。そして、それはそう悪くもないことだと、感じる。 自分を救うのは自分だけど、人との繋がりでしか成長できないのも事実だと、この物語を読んでいて思った。 また、この物語はたくさんの人物が出てきて皆が主人公のようだが、特に女子がよいのだ。当て馬のような女子は出てこない。考えて一生懸命生きる人ばかりだ。女子の働き方や母と娘の関係。女装男子も出てきて、ジェンダーの問題まで考えさせられる。 で、本題の『泣ける』という部分についてだが、語ってしまうと、はっきりいって読んだことのない人の迷惑になると思う。何も先入観なしに読んで、思いっきり泣いて欲しい。泣ける箇所は一ヶ所ではない。 物語の中盤「メッセージ」で泣いてしまったら、涙腺が緩んでしまうのか終盤まで、あちこちで泣いてしまう。 20歳そこそこで読んで雑誌を抱えて号泣し、30の今再び読んでも色あせることなく胸に染み渡り、やっぱり涙があふれるのだ。それは、恋愛だけがテーマではなくて、生きてゆくことを深く考えさせられるか らかもしれない。そして、作者の生きて行く決意のようなものも見える。と、重そうに感じるかもしれないが、これがまたエロいのだ。投稿作から連載になり、前半は割とゆっくりとしたペースで発表されていたこのシリーズ。魚住と久留米のラブもゆっくりと進んでゆく。人と人が近づくのには、いきなりキスだとか体を繋げるだとか、そうではないの だ。触れるだけで、心臓がバクバクすることがあるのだ。読んでいても泣ける反面、乙女心も満たしてくれる。 全てを読み終わると、こんな素敵な作品をありがとうと思い、今生きていられることにありがとうと思い、また明日から頑張らないと思う。 しかし、一つ残念なのが、この魚住くんシリーズが入手困難な点だ。 復刻されるようなことを聞いたが、早く形になればいいと思う。 BLは増版されなかったり、雑誌が無くなってしまったり、出版社が無くなってしまったりで、よい作品でも手に入らなくなったりする。また、大量に出版されるので好きな作家でも、全て追いかけられないのが残念だ。 と、論点がずれてしまった。 BLの醍醐味の一つに「泣ける」というのがる。泣けるかを基準に選ぶことも多い。これからもいっぱい読んで、いっぱい泣いて、自分の中のいろんなものを涙で洗い流したい。そんなBLを、これからも探し続けるだろうなと思う。
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