無印と上巻はまだ健全な雰囲気も併せ持っていましたが、この下巻で一気に重たい愛の底に引き込まれた感じがしました。相変わらず一舞は直斗に自分の執着の深さを隠しはしない。けれど、その執着がどれだけ常軌を逸しているかが、上巻まではまだ直斗も読者も分かりきっていなくて、下巻でやっと事態を飲み込めた、という印象でした。
一舞は直斗を監禁したいと言ったことすらないし、四肢を拘束したこともありませんよね。彼にとっては、自由に外界で活動して、日々いろんな人と出会って、そんな広い広い世界で生きている直斗が、心も体も芯から自分のものだから最後には自分を求めて腕の中に帰ってくる、抱かれずにはいられないという帰巣本能が根付くことが、最大の悦びなのかなぁと思いました。
直斗もそれは他人に指摘されたり自分で気付いたりしてよく分かった上で、それでも一舞にすべて明け渡していて。執着攻めに相対する受けって一度は恐怖から攻めを拒絶することがあるものですが、なんだかんだ直斗って今まで一舞を全部受け入れているんですよね。体から始まって、心がついてきて、さらに体は相手の与える快楽にどっぷりとハマっていき、また体と同じ深さまで心が堕ちてくる。そんな底がないような関係性の2人だなと。オープンな執着でここまで背徳的かつディープな関係性を描いてくれた先生に感謝です。新しい扉を開いた気がしました。
なんだろう、一舞の執着ってめちゃくちゃ重いんですが、それを全部本人に打ち明けちゃっているからシリアスになりすぎないというか、直斗も読者も最後は笑って受け入れざるをえなくなるところが、逆にものすごい策士なのかな?と思い始めました(笑)。闇ベクトルの執着は相手に隠してこそ美味しいものだろうと思っていましたが、オープンはオープンでまた別の怖さがあるかもしれません。どれだけ一途にどれだけ長い間我慢したり努力したりして今のポジションを勝ち取ったか、それを心底嬉しそうに言われてしまっては絆されるのも仕方ない……。一方の直斗には弱々しさや遠慮が一切ないので、それもまたこれほどの執着攻めでも作品全体がなぜか健全な感じがする、という謎の美化を生み出していて、いろんな意味で稀有な作品だなぁと思いました。
表紙や攻めが整体師ということからエロに全振りの作品かと想像していました。もちろん濡れ場は多めでエロを求めて間違いはない作品だったのですが、ストーリーが意外な方向に進んでいって、エロだけでなくこんなに重い執着愛まで拝めるとは……と嬉しい誤算でした。といっても相手に対して隠したい部分は特にないというオープンな執着なので読後感は爽やかで、あんまり悪どい攻めは苦手という人でも読みやすいと思います。攻めの執着具合と同じくらい良かったのが、受けの男らしさです。体格も華奢ではなく立派ですし、口調も丁寧ではなくザ・男。うじうじ悩むこともなく、行動力があるところにとても好感が持てました。攻め受けのバランスがとれていて二重にも三重にも楽しめる作品でした。
こういう懐くスピードはワンコ並みなんだけど、性格はあまりワンコ寄りではなく余裕と落ち着きがあって、包容力のある年下攻めが結構好みかもしれない、と最近気付きました(笑)。咲の擦れていなさというか、大学生という本来一番イキりたくなるであろう時期に恋愛初心者であることを隠さない純真さは若干リアルさに欠けるものの、2人の距離が少しずつ縮まっていく丁寧な描き方で十分カバーできていました。男同士をすんなり受け入れられるわけではない、けれど、好きになってくれたことは嬉しい。だから、考えてみる。自然な向き合い方だと思います。お互い相手の嬉しそうな表情に喜びを感じていて、周りも思わず応援したくなるとても素敵なカップルになりそうですね。
3巻もスピード感のある展開でした。相変わらずこんなに和気藹々としたマフィアはいないだろうという軽快さではあるのですが、過去のエピソードのシリアスさだったり、事情があれど組織を裏切った者はきちんと制裁したり、締めるところは締めているので、メリハリがあってこんなマフィアものもいいじゃないと思わせてくれます。ダンテの思惑はすべて明かされたので、メイン2人の仲は終始良好。ダンテの普段の好き好きアピールは完全にワンコですが、濡れ場ではほぼワンコ感はなくなってSっぽく攻めてくれるので、そういうギャップも楽しいです。収まりよく3巻完結かと思いましたが、新キャラを交えてまた一波乱あるようなので、4巻も楽しみに待ちたいですね。
幼馴染同士で片想いから始まる作品です。早寝先生の作品は落ち着いた雰囲気も丁寧な心情描写も好きなのですが、ストーリーで掴めない部分が引っかかることがあって、今回はシノとユキの今までの関係性がそうでした。幼い時にあれだけ鮮烈な出会い方をして、お互い他に親友もいなかったのなら、毎日遊びたくなるものだと思うのですが、あえて仲良くつるんでいなかった理由がよく分かりませんでした。終盤でユキの過去の辛い経験が明かされますが、それから距離をとったわけではなく最初からでしたし。なので、同居を始めてからの話はすごく良かったのですが、やっと想いが通じ合った時の感動が2人と同じ温度ほどにはならず。ユキの心情が独特で少し理解しにくいなと感じました。
粗野な青年ヴィクターを飼うことになる主人のブラッドの気性になかなか萌えを見出せませんでしたが、この歳でここまで自分の欲求や不満をありのまま晒け出して生きることができるというのは、ある意味貴重なのかもしれない、と徐々に受け入れられるようになりました。普通は妥協や人に言わずにこっそり何かを企むことなどを覚えていくものだけど、今までの人生で彼はそんなことをする必要がなかったわけですね。そんな彼が、従順で純粋に自分を恋い慕う人間を手に入れるとどうなるのか。そういう視点で読むと面白かったです。最初は玩具でしかなかったヴィクターを美しいと評したブラッドの台詞にはぐっときました。
阿部先生の作品はどれもシュールな雰囲気が漂っていますが、なかでも将太はとびきりシュールな受けだと思いますね。彼の過去も含めた上で。ここまで性的行為に積極的なのは、無意識のうちに過去の数々の行為の上書きをしているつもりなのか、それとも本当に詩郎とできるのが嬉しくて仕方がないのか、私には最後まで半々なようにも見えました。別に前者が含まれることが悪いこととは思いません。後者の気持ちが少しでもあり、詩郎もそれを重々承知の上なら、第三者に咎める資格などないと思いますし。むしろ詩郎のような男がこんな子供に本気でハマってしまうことに驚きましたが、身内も公認のようですし、あくまでラブコメ作品としてその辺は深く考えずに楽しめばいいのでしょう。
生意気な男が調教される展開は好きですし、詩郎の見た目や性格も好みなのですが、如何せん将太になかなか萌えを見出せず……(笑)。『月と太陽』『華と楽』も読んだので彼のことはそれなりに知っているつもりでしたが、可愛げのない性格が一転、詩郎に対してオメガバースか!?と思うほど突如発情し、好き好きとそれこそ猫のように懐く変わりっぷりについていけませんでした。生徒に誘われるがまま手を出す大学教授はもちろんいけませんが、それを利用する方もする方なので、将太に同情できる点も特にありませんし。詩郎に懐柔されたというより、勝手に縋るようになったという感じなので、下剋上というわけでもなく。あれだけ生意気だった子がここまで自分の好意をあけすけに表に出せるというのはすごいギャップですが、可愛いと思えるようになるには私には道のりが遠そうです。