登場人物2人とも突き抜けた素直さがスパークしていて憎めません。
「行動」が素でジェンダーレス......と言える気がします(笑)
どちらもゲイやバイセクシャルというわけではないようで「彼女を作る」「男を可愛いと思うなんて」という台詞が出てくるわりには、男性同士の性的な接触をあまりにも抵抗なく実行しまくるので笑ってしまいました。
中島ヨシキさんと斉藤壮馬さんの演技が的確すぎて、「ジェンダー感覚がどこかズレているのに、それがどこかを具体的に指摘するのが難しい」世界観が完璧に再現されていました。
低音で淡々とあっさりすごいことを言い放つヨシキさん、ナチュラルに何かがズレているけど憎めない壮馬さん、狙っていないのにコミカルに感じられたのは、お2人の掛け合いのテンポやトーンが大きく貢献していると感じました。
絡みは、BL作品を嗜むことを公言されていらっしゃるお2人が我々腐女子を満足させない訳がない安定感で、原作紙面では文字情報だった喘ぎと息づかいがエッロく耳に飛び込んできます。
受け攻め演技の相性がよいからなのか、挿入からクライマックスまでやけにリアルに聞こえました。
コミカルとエロさの振れ幅が大きいのに、どちらの状態でも不自然さを感じさせなかったお2人の演技力には感服します。
登場人物の中には女性もいますが、BL作品にありがちなジャングルの奥地から聞こえてくる鳥の奇声のような甲高い声で話すモブではなく、静かな低音の変人で個人的に好感が持てました。
独特の世界観もクセになりますが、そこに中島ヨシキさんと斉藤壮馬さんの演技が加わり、最強の仕上がりに感じられた作品でした。
「キミゲイザー」ってなに??と思ったのが第一印象でした。
読み進めていくと「ああ、そういうことか」と登場人物の態度から理解できました。
イギリスの音楽シーン発祥のスラング「Shoegazer」のもじりで、「君ばかり見ている」という意味だと思います。
「死」を扱っている作品ですが、重苦しくはなく、読み進めているうちに「あの世」であることを忘れるくらいに軽快です。
冒頭で主人公があっさり命を落としてしまうので面食らいますが、すぐに舞台が死後の世界へと切り替わり、生前と変わらない姿で元気に過ごすので悲壮感はありません。
ただし、エピソードの中に愛するペットとのお別れを経験したことがある者を泣かせにくるシーンがありました。
※ペットがこの世を去ることを「虹の橋を渡る」と表現することがありますが、それにまつわる描写。
主人公がたどり着いた場所にいる人たちは全員死者ですが、特殊なのはその空間と「オニヌ」の存在くらいで、現世と変わらない姿で俗っぽい言動のまま過ごしています。
この「オニヌ」は鬼と犬の混ざったような見張り番の動物ですが、ふじとび先生が描かれる小動物の安定の可愛らしさがスパークしていました。
ストーリーは完全なハッピーエンドではなく「未来」に限りなくハッピーエンドの余白を残して終わります。
こういう展開は民話のようで、題材からも現代風の日本昔ばなしのような印象の心に作品でした。
こちらの感覚がおかしいのかと思えてくる世界観が魅力の碗島子さんの真骨頂のような作品でした。
描かれているのは相思相愛のピュアラブですが、どこか不穏な印象を与える表現は好き嫌いが分かれると思います。
冷静な第三者目線だと相当悲惨な目に遭わされているように映る人物がケロリとして元気だったりするので、正常な正義感も思わず揺らぎます。
性的な描写のテクニックはそれほどでもない印象ですが(ごめんなさい!)、変態行為が具体的に描かれているため、どエロく感じられました。
仄暗い淫靡さが漂う中にコミカルな言動が挟み込まれるシュールさも、益々正常な感覚をぐらつかせますが、この唯一無二の世界観がクセになり、碗先生の別作品にも手を出してしまう中毒性を感じました。
このような作品を生み出す碗島子さんというのはどのような方なのだろうと、インタビューやSNSを拝読すると、めちゃくちゃ常識的で気遣いを感じる発言をされる方で好感度が爆上がりしました。
好き嫌いの分かれる作風ではありますが、ハマってしまうと目が離せなくなる魅力です。
あわいろ絵巻の音声作品から入り、後追いで同人作品、商業コミックの一連のシリーズを拝読しました。
人物のタッチが人によってはノスタルジックに感じられるようですが、動き、コマ割、構成などのテクニックが高くて魅了されます。
感情表現と表情が乏しくクールな印象の「出雲」と対極のイメージである「子供」という組み合わせは、普通に考えると安易なギャップ萌えですが、出雲は幼少期に戻っても影があり、口数も少なく、元々の容姿も美しい設定のため、「子供らしさのない美子供」という、刺さる人には刺さりまくりの萌えに貢献しています。
こぎつねの山吹が汲んできた水が妖怪が涌かせている「若返りの水」だったために、それを飲んだ出雲が幼児に戻ってしまいます。
龍汰や山吹のことは記憶から消えており、両親が亡くなって、あちこちに預けられながら過ごしてきたことなどしか覚えていません。
この悲しい生い立ちのせいで、子供らしい思考や行動をとらない出雲が龍汰の役に立とうとする姿が健気で胸を締めつけられます。
龍汰はどうにかして元の出雲に戻せないかを探りますが、その方法は無く「時の流れに任せるのみ」
愛する人を不慮の事故などで突然なくす作品は多く目にしますが、自分と過ごした記憶がない状態の幼児の姿で存在するというのは、それとは異なる残酷さを持つので、龍汰の心情を思うと苦しくなります。
性的なシーンは具体的には描かれていませんが、クールな出雲が龍汰をダイレクトに求める台詞と性行為が始まる数秒前のような描写はあります。
ふじとび先生の作品の性的な描写は、あったとしてもキスまでで、次のコマは事後というパターンですが「エロいことしなさそうな2人の秘め事」感があり、色っぽく感じられます。
結末について全て語るのは無粋なので、「これまで拝読したふじとび先生の作品に鬱要素はなかった」とだけお伝えします。
読み切りの薄い本なので、あっという間に読み終わってしまうのが惜しく感じられる印象的な作品でした。
現時点での入手は中古市場のみになっていますが、内容に関する情報が少ないので、このシリーズが気に入っている方のなんらかの参考になれば幸いです。
山下誠一郎さん、大塚剛央さん、小松昌平さん、鈴木崚汰さん、好きな声優さん勢揃いなので嬉々として視聴しましたが、「(年不相応と思える)幼稚さ」を無条件に「かわいい」と思える価値観がないと、ちとキツく感じられる作品でした(笑)
価値観の違いや作品の否定、批判では全くありませんので、こんな感想を持つ者もいるのだな、くらいの気持ちでご容赦下さい。
山下誠一郎さんはモラトリアム期の青年演技が天下一品だと思っているので、この作品での幼稚さが際立つ口調は残念ながらわたくしには響きませんでした。
大塚剛央さんは、お声のバリエーションの中では低音で、抑揚控えめの男性的な演技です。
役割的には「受け」となっているのが意外でしたが、作中に性行為はないので、この作品では「受け攻め」を明白することはそれほど重要ではないのかもしれません。
小松昌平さんは高めのチャラ声と演技で、昌平さんの低音好きとしては好みとは異なっていました。
何故か状況、心情、なんでもわかってしまっているエスパーのような存在です(笑)
鈴木崚汰さんは期待していたほど登場しませんでしたが、作品中では一番、自然なトーンの年相応さがある演技でした。
双方の心情や行動の理由はラストで語られる構成で、その間、数年単位の時間経過が一瞬で進むので、音声作品だと展開がやや唐突な印象を受けます。
成就までの2人の進展に必要な部分は全てモブが担う形で進み、当人たちは思い込みや臆病さから能動的には行動しません。
この辺りは昭和時代に流行した純愛ドラマやマンガのような印象だと歴戦の腐女子おねえさまが言っておられました。
すれ違いに胸を焦がし、恋心を表現する恥ずかしい台詞などに心酔できるタイプの方にはたまらないと思われましたが、展開の早い作品に脳が慣れてしまっていると、もどかしく感じる要素でもあると感じます。
長かったすれ違い後にラストでいきなり2人が想いを遂げたので、それまでの停滞感に油断していた脳が面食らっていたら、2人は感動の涙を流すシーンに突入しており、完全に置いてけぼりをくらってしまいました(笑)
今回はキャスト視聴で、ストーリーは二次的な期待だったため予備知識もなく、個人的に「初」の世界観でしたが、色々なカテゴリーがあるものだな~としみじみと感じました。
内容は「BLでそれを言ったらおしまいよ」のノンケがあっさり同性との性愛で快楽を得る展開でしたが、圧倒的画力と進展の軽妙さに引き込まれて読み進めてしまう魅力のある作品でした。
攻めの白丘勝くんが普段はワンコでかわいいのに、性行為では捕食者の頂点に立つ狼のようにオスっぽく振る舞うという定番ギャップにも関わらず、そのオスっぷりが絶妙な塩梅に魅力的なので白けることなく悶えられます。
作中随所で受けの黒谷智也くん所作に周囲が目を見張るほどの「色気」を感じるシーンがあるのですが、性的なことはしていなくてもエロさか滲み、それがわかりやすいフェロモン振りまきポーズではないところも中田アキラ先生の画力ありきだと思って見入ってしまいました。
適度にコミカルで、当て馬含めて登場人物全員に人情があり、同性愛にも理解を示すので、1ミリも心が痛むことなく幸せな気分のままで読み終えることができます。
唯一、受け入れられなかったのが「裸エプロン」でした。
何に性的興奮を覚えるかは人それぞれなので否定や批判などではないのですが、
個人的に男性同士のカップルにストレートの男性が女性を性的に見る時の要素が入るのが地雷なのと、裸エプロンが自分の中では「下半身丸出しで靴下と革靴」と同じ変態カテゴリーに分類されているので萎えてしまいました(笑)
それでも、度々読み返してしまうほどに惹きつけられる作品です。
小松昌平さんの攻めと、作品によって別人ボイスの八代拓さんがどのバリエーションで「受け」るのかを聴きたくて視聴しました。
モブではありますが女性が主人公とがっつり会話で絡むシーンがあり、癇に障るタイプも出てくるので要注意でした。
性的快楽最優先の性欲旺盛なノンケの攻めを小松昌平さん、感情の起伏をほぼ感じさせない話し方をするゲイの受けを八代拓さんが演じています。
昌平さんは低音の攻めが一番好きなので、口調はチャラくてバカっぽかったですが声のトーンは好み寄りでした。
八代拓さんは、私が知るバリエーションの中では最低音で、お二人の演技の違いが陽と陽、軽と重のような対比で際立っています。
小松昌平さんも八代拓さんもナチュラルな掛け合いが本当にお上手だな感じさせる抑揚や間の取り方をされていて、演技くささを感じないせいかナンセンスな台詞もひっかからずに聞けました。
絡みは「声の喘ぎ」ではなく、息切れと吐息メインだったところが、逆に「実際はこんなもんだろうな」感があってリアリティがあり、どエロかったです。
「なんかうますぎやしないか、この2人」と思いました(笑)
それと、「音」は作品への没入感に影響するので、音響面でありがたかったのは、イヤホン視聴がメインの音声BLでたびたび問題になる「BGMうるさすぎ問題」が全くなくて快適だった上に、蝉の鳴き声など季節を意識させる音が効果的に取り込まれていたところです。
一方、射精音は様々なBLCDで工夫を凝らしているのを感じますが、いまだかつて笑わなかった音はなく、こちらでも吹いてしまいました。(製作者の方ごめんなさい)
お二人とも演技派ですし、クライマックスも喘ぎで表現できそうなのに、射精音はどうしても必要なのでしょうか。
ストーリーは途中までは軽妙に展開していくのですが、途中から双方のモノローグが、ややくどく挟み込まれるようになり、思わず「オメーら考えすぎ!(笑)」とツッコミを入れたくなるような停滞感もありました。
これは個人的に両想いなのにすれ違う話が好みでないことが理由だと思うので、もどかしさに胸を焦がすタイプの方には萌え要素だと思います。
ストーリーに目新しさはありませんでしたが、「本当に好きな相手に出会った時の戸惑い」が等身大で描かれていて好感が持てますし、絡みを含めて小松昌平さんと八代拓さんの演技力を堪能できる作品でした。
性的なシーンをぼやかせば朝ドラにでも採用されそうな王道展開の作品でした。
2組の同性のカップルがひとつ屋根の下で暮らしており、その中でとりわけセンセーショナルな出来事が起こるわけでもなく、日常の中で多かれ少なかれ見聞きするようなハプニングと恋愛における個々の心情や葛藤が描かれています。
メインのカップルは増田俊樹さん演じる春と田丸篤志さん演じる弘人でしたが、個人的には島﨑信長さん演じる耕太と小林裕介さん演じる陸のストーリーの方が約束された王道展開の感動が得られました。
BL作品に非日常や生々しい性描写を求める方には印象に残りづらい可能性もある作品ですが、こういった人間らしい温かみに溢れた日常を切り取ったストーリーを好まれる方には安定の幸福感が得られるのではないでしょうか。
バッドエンドの不穏さがない世界なので、心が疲れていたり、荒んだ心の鎮静化のためにBL補給されたい方にもってこいの作品かもしれません。
思春期特有の形容しがたい色っぽさが滲みまくりの作品です。
心身の成長のアンバランスさが最高潮の思春期にしかない、性的なセクシーさとは異なる儚い「色気」というのが存在すると常々思っているのですが、この作品は性的な行為はキスまでしかないにも関わらず、終始エロさが滲むのは、「永遠ではない儚い色気」を表現する苑生さんの抜群の画力とタッチによるものだと感じました。
志井のモノローグが直球で生々しいわりには淡々とした印象だったり、環の母親がとんだクズ女で、幼い環の前で連れ込んだ男と性行為、ネグレクト、意図はわかりませんが環にとっては性的に感じられる接触をするなど、描き方次第では相当に重くなる展開もあるのに、苑生さん特有のフラットさというか、悲壮感を感じさせず、時にコミカルにすら感じさせるドライな描写がクセになります。
こういう母親の存在が地雷の方は注意が必要ですが、そこを耐えられるのであれば、独特の表現と世界観に浸れる唯一無二の珠玉作だと思います。
もっと作品を世に送り出して欲しいと切望して早、幾年......新作を読みたい作家さんNo.1です。
同性愛者が直面するであろう家族との問題が軸にありながら重くなりすぎず、純粋な愛の形に胸が打たれる作品でした。
......と、これだけ聞くと社会派臭を感じてしまうかもしれませんが、そんなことはなくて、全てが身近に感じられる日常です。
完全にエロに振り切った娯楽作品も多いBLの中で、こういうテーマを描かれた原作者の仁嶋中道さんの手腕に、表現力に定評のある山下誠一郎さんと中島ヨシキさんが見事に応えているので、すっかり引き込まれてしまいました。
構成の妙で、登場人物それぞれの行動の理由が納得できる形できっちり回収されていくのですが、ヨシキさんと誠一郎さんの演技が押しつけがましくないのでめちゃくちゃリアリティを感じさせます。
ただでさえ自然な演技が上手い誠一郎さんが、こちらの作品では地声に近い感じなので、ここ一番の艶っぽい台詞ではファンは瀕死になるのではないでしょうか。
(わたくしはなった)
あらゆる作品で聞き慣れたはずの「好き」にどれだけの想いが込められてるかを感じさせるシーン、お二人の演技が良すぎて胸が締めつけられました。
良作ですが、音声化されなかったらこれほどまでに感じ入ることはなかったかもしれないと思えるほど、誠一郎さんとヨシキさんの声質とトーンが作品に合っていて、お二人の役への解釈とアウトプットに「プロの真髄」を見ました。
あらすじに出てくる「ママ活」という言葉が連想させる流行を追うような軽薄さは微塵も感じられない、深く心に残る作品でした。