四年後編開始以降、百目鬼の心情の色あい、濃淡の判断が私にはちょっと難しくなってしまったため、ドラマCDはそれを補完するものとしてもとてもありがたいです。吹き出しの文字の、そこに込められた感情そのものを役者さんが伝えてくれるから。先生はもちろんしっかりと音声をチェックされているでしょうし、じゃあやっぱりこの感情でいいんだよね、と、答え合わせが出来て助かります。(音声がなくてもちゃんと伝わっている方も沢山いらっしゃると思います。私の読解力の問題です…)
もちろん、大前提として、彼は今も矢代さんを思い続けているであろう(多分?)、というのは解っているつもりなのですが、再会以降、冷たささえ感じられる無表情さや態度・(矢代さんが今のようになったいきさつの幾らかは百目鬼ももう解っているはずなのに)あまりに侮蔑的な言葉の数々に、これは単に拗ねているとかではなく、彼の中では想いがもう枯れてきていたところにヘンに再会しちゃって焼け木杭に火の途中って事もあり得るのかな…?と、そんな可能性も考えてしまい、百目鬼の気持ちがよく解らなくなっていたので、もし私と似た様な印象をお持ちの方がいらっしゃいましたら、特にこの8巻はぜひともお聴きになってみて欲しいです。
個人的に印象的だったのは、百目鬼が矢代さんと井波の関係にそんなにまで感情的に腹を立てていたと感じとる事が出来たところかな。「何をしてたんですか」「俺で我慢するよう言いましたが」のところは特に。ほんの少しだけ早口で強く詰問する感じが意外でした。このシーンは声量も出ていて。何と言うか、原作では、立腹は立腹でももう少し冷めているというか、突き放したような立腹なのかと自分は読み取っていましたので、百目鬼の声音に思いのほか怒りや焦れる感情が出ていて驚きました。また、百目鬼に度々連行される矢代さんのイラつきには百目鬼の強引な行動への強い抵抗感(反抗心?)や憤りを感じ、多分、初めて聴くような種類の怒鳴り声が新鮮でした。特に最初にマンション前で井波から引きはがされた時の、声の割れた感じの、「離せよ 百目鬼ぃ」という怒鳴り。なんだかとても魅力的に感じて、その一連のシーンを何度も聴いてしまいます。それに続くエレベーターまでの膠着する二人の衣擦れの感じからは百目鬼の拘束の強さも感じられて、それだけ彼の矢代さんへの苛立ち、腹立ちも伝わって来ました。原作の描写が不足だとはもちろん全然思いませんが、音で聴いてこそよりはっきりと伝わる点もやっぱりあるとは思います(表現技法が全く違うので当然と言えば当然の話なのですが)。
毎回とても丁寧に作られていて、どのシーンもほぼ網羅されてはいるのですが、原作との比較で今回気づいた点としては
・冒頭、脱衣所で百目鬼が矢代さんの髪を引っ張るシーンと唇が重なりそうになるシーンは、音声では何が行われているかよくは判らない(もちろん身じろぎとかははっきり判りますが、具体的な行動としては。言葉での表現もないので)。
・矢代さんの背中に触れようとしてやめた描写や、「そうか、これはかつて俺が望んだー」の描写の持つ複雑性は、同じく音声ではやっぱりよく味わえない(重要なシーンなので残念ですが仕方ないですね…)。
・麻雀中の七原のモノローグ終盤に重なってくる、女の元へ向かい、招き入れられる百目鬼の描写はそっくりカットされている。
まだあると思いますが、事前に自分の注目していた場面ですとこんな感じでした。
あと、これは気づいたというのとは違いますが、クラブのママの「力」呼び、それに続く喋りの声音がなんか事務的というかビジネスっぽいというか、さっぱりした感じだったのが意外でした。もちろん人前という事もあるのでママも殊更に親密な声音・雰囲気を出す事は控えたのかもしれませんが、マンションに向かう百目鬼の描写がカットされた事と併せて、次巻以降この辺がどうなるのかな、というのも気になりますね。あと、連サンのガラが心なしか前巻よりもかなり悪く感じました…。なんか、ちょっと、キライかも…笑 彼の立ち場で矢代さんにああいう感じの口を利いて平気なんですね。その辺の極道の世界の立ち位置がいまいちよく掴めていないので何となくイヤな感じだったのですが、もし無問題だったなら連サンにはサーセン!笑
今回も、次巻も楽しみにまた頑張るぞ!と思わせてくれる素晴らしい出来でした。(もちろん原作も!)
…なのですが、それでもやっぱり読んじゃいます。特に、前回の「破瓜」と異なり、今回は本線の二人に戻ると判ってからは発売が尚更に楽しみでした。
設定・ストーリー・人物達が好きなのは言うまでもないのですが、円陣さんの絵があまりに綺麗なので(このシリーズの挿絵を円陣さんに決定された方のマッチングのセンスを称賛します)お話の魅力が更に増す事と、品の良い敬語攻が好きなのかも。一見不遜なまでに自信に溢れている人間が、好きな人にだけは弱くなってしまうというのも。
前々巻(「秋波」)では怪我をしてしまった常盤が浅葱に舞台への不安や焦り等、やりきれない気持ちをぶつけてしまうのですが、今回の「玉響」では今度は常盤の自身の芸に対する様々な葛藤がきっかけとなって、またもや浅葱にそのやりきれない気持ちをぶつけ、愛しているのに反面疎んじるような行動をとってしまう、という筋書なので、読みながら少し混乱してしまいました。ん、前回も似たような内容で浅葱を遠ざけていたよね?と。
ただ、これまでの巻の積み重ねの中で語られて来た「春日孝匡」=「常盤彦三郎」という人の生い立ちやそれにより形成されたキャラクターを鑑みると、葛藤と無縁に屈託なく明るく前向きに芸に邁進するという事はそもそも無理な宿命に生まれたとしか思えない人なので、こういった大小の衝突も仕方ないと納得のいくものではあります。年齢も浅葱より結構下なので、そんなつもりはなくとも無意識に無茶を言ってしまうのかも。(でも今回の常盤はちょっと子供っぽい感じもしましたので、人によっては呆れちゃうかもしれないです。)
大変なのはその都度心と身体に負担を強いられる浅葱ですが、この人もこの人で、春日孝匡=常盤彦三郎という人に惚れ抜いているので、本望なのかな。甘えさせてやり、時には背中を押してやり、どうにもならない苛立ちをぶつけられて自分も辛くても、それでも大きな心で常盤を見守る浅葱は本当に素敵な人。キリッとした浅葱と、キリッとしているかに見えてちょっと弱い部分もある常盤、でもそんな常盤の存在に浅葱自身もインスピレーションを得てカメラマンとして成長していける、何だかんだでこの二人のバランスは丁度よくて、互いに補完し合う感じがいいなと思います。
様々な誤解やわだかまりが解けて抱き合うシーンは今回も美しく情熱的で綺麗でした。常盤は浅葱には基本的にいつも敬語なので、彼の言う「愛しています」が自分は本当に好き。ふゆの先生の筆から、常盤が浅葱のことを、祈るように縋るように本当に愛している事がじんわりと伝わって来るので。
この二人の互いを想う気持ちやその関係の安定性はちょっとやそっとで揺らぐことは無いほど固まっているので、主役達はもういいから前回のように紫川等他の人達のお話を読みたいという声もよく目にしますし、紫川と根岸の関係も確かに興味深いのですが、受が複数の人の間を行き来するお話は苦手な自分としては、あくまでも常盤&浅葱のお話をメインに、紫川のお話はSS程度で留まって欲しいな。むしろ、今回初登場の浅葱の友人の中城とその恋人・能瀬のお話をもう少し知りたくなりました。千石との事で浅葱を罵り、敬遠するようになった中城がどうして能瀬と愛し合うようになったのかとか、ちょっと興味あります。
今回は本編の他に鶸のSS(書き下ろし、10ページ程度)、常盤・浅葱のSS(2012年のフェア小冊子からの収録)が付いています。ご参考までに。
読む前に既読の方の感想を色々と拝見していましたら、どこかで、「悪夢のように幸せな」に似た感じ、という文言を目にしましたが、まさにそんな風な攻めでした。
綺麗な男性が恋を大切に温め続け、成長し、周到な準備を施し、それと悟られないようにじわじわと、というのは宮緒先生の面目躍如と言った感じで面白いです。(ん…?)と戸惑いながらも、蟻地獄の如く否応なく少しずつ絡めとられていく受けの描写からも、攻めのただならぬ執着を感じることが出来て、これもまたスリルがあります。
ただ、どうにも萌えません。面白いし、決して好みでないお話とか不愉快な展開とかでもないのに、そこが自分でも残念で残念で…。攻めがちょっと女性的なまでの綺麗さを持つ人という設定だからかな?彼は言葉も立ち居振る舞いも上品でしたし(※だからと言って粗野で乱暴な男性像が好きな訳ではないです)。でも攻めが今回と似た様な属性である「地獄の果てまで追いかける」や「華は褥に咲き狂う」には大いに萌えましたので、性格付け・言葉遣い・体格・絵柄等、攻めの男性的な部分を感じさせる割合がどれくらいかによって、自分の萌えも大きく左右されているのは間違いなさそうです。今挙げました2作品の攻めは、女性的な美しさを持ちながらも男性的な部分もまた強く表に出ていましたので、(自分にとって)萌える要素が強かったのかも。
逆に、今回のように、よりにもよってこんなにも綺麗な麗人が攻めだというギャップに萌えるのも大いにありだと思いますし、過去に読んできた作品で気に入ったお話の中にはそういった人物像も勿論あったのですが、今回はなぜかその辺の感情が触発されなかったです。もしかして座裏屋先生の絵がとても綺麗なのも関係があるのかも。挿絵はどれも本当に繊細で綺麗で色っぽく、お話にもよく合っていたと思います。
触手というテーマ自体は苦手なのですが、新田先生を好きなのと、リブレさんの試し読みで主人公の清廉な美しさに見惚れて、読めるのを楽しみにしていました。
髪型や服装、人物達の名前から、時は飛鳥時代辺りかな。
主要キャラは4人です。まずは世継の王子である草壁王子(「皇子」となってはいません。架空のお話だからかな?)と、王家の末端に連なる家系の美しい斎王・明日香。二人は幼馴染で、昔から互いに想い合っている仲でした(と言っても「このペア」でアレコレあるかと言うと、違わないのですがちょっと違います)。
明日香はピンチヒッターとして斎王となり、都から離れた海辺の地で8年間お勤めに励んできましたが、それも明日で終わりという日、草壁王子が迎えにやって来ます。
前夜、二人はすれ違いからちょっとした諍いをしてしまい、草壁王子の見守る中、いまいち気の晴れぬまま最後のお勤めに静かな海へと入る明日香。しかしその時俄かに水面が波立ち、彼を海へと引き込み、都へ帰らせまいとする者がありました。それが第三の人物、いやさ生物、この8年の間、明日香に恋い焦がれ続けて来た一匹の大きなたこさんだったのです。ふざけているんじゃありませんが、字面にするとちょっと可愛いですね。
このたこさん、美しい斎王様に強い思慕の念を抱きつつも、(どうせ醜い自分なんて…)と、乙女ばりの羞恥心で何も出来ずにいたのですが、斎王様がいなくなってしまう寂しさに耐えられず、「海神様にお願いして海で生きられる身体を手に入れましょうぞ」と、明日香をどんどん海中へと引きずり込んでいくのです。私はてっきりこのたこさんが何らかの形で触手のテーマに沿ったお働きをするものと思ってページをめくったのですが、そこは新田先生、そんなに単純じゃありませんでした。
意識が遠のく明日香、ここでたこさんをたしなめ、「その者の命奪う事罷りならぬ!」と、第四の人物登場!それは明日香の愛しい人の面影を彷彿とさせる、見るからに神々しい雰囲気をまとったお姿の海神様で…。
―というお話です。あれ?草壁王子は?と思われるかもしれませんが、荒れる海へと引き込まれる明日香を見ていた王子は、いてもたってもいられず海へと飛び込みます。その彼の身体に…という風な形でその後も作中に姿は現しますが、ほぼ終盤まで彼自身の自我は無い状態です(7割くらいは海神様と明日香のお話と言ってもいいかも?)。もうお分かりですよね。
海神様は今回色々な意味でみんなのキューピッド。懐広く、何もかもを見透かし、まさに「神様」という感じです。先生の絵も本当に本当に綺麗で(ここ強調します)、海神様に相応しく美しく凛々しく気高く描かれていて、その姿に見惚れます。明日香も楚々とした、でも凛とした美しさで人を魅了しますし、裸体も綺麗。草壁王子はやや野性的な風貌のカッコよく立派な男性で、本当にどこを見ても素敵な人ばかり。まさに先生の筆冴え渡ります。その美しい絵を見ているだけでも幸せ……。それだけにたこさんのいじけっぷりがまた何とも言えず可愛いです(笑)
たこさんは海神様に感謝してもしきれません。ちょっとだけ斎王様への想いを遂げさせてもらえて、斎王様と離れたくない、ずっと一緒にいたいという切ない願いも叶えてもらえるのですが、その願いの成就の形がまた素敵なんです。最終ページが、明日香の台詞も含めて本当に印象的で心に残りました。
ちょっと変わった、でも心温まる本当に素敵なお話だと思いました。欲を言えば草壁王子と明日香の幸せそうな姿をもう少し見たかったな。
もし新田先生のファンの方でしたら、このお話のためだけにこの本を買われたとしてもきっと満足されるのではと思います。お気が向かれましたらぜひぜひお手に取ってみてくださいませ。
簡単ですが、他の作品の感想も書いておきますね。
◆アヤカシ嫁奇譚:「恋のアヤカシ、嫁さがし」のスピンオフという事でした。本編もこの作家さんもよく存じ上げなかったのですが、絵が綺麗で可愛くて、これだけでも楽しめました。
◆宇宙のもずく:う~ん、ぶっ飛んだ設定なのですが面白いです。外見は青年、ただし80才の博士のお爺さん口調と、その助手の冷めた青年とのやりとり、そしてオチが大変に面白かったです。笑ってばかりでした。
◆神様の言う通り:これもスピンオフなのかな?それとも連載なのか判りませんが、狐や鼠の絵がとても可愛く、和みました。これだけでも楽しかったです。
◆昼下がりのエクソシスト:不思議でちょっと怖いお話です…。
◆夢見るUMA:怪我で記憶を失った青年の前に現れた宇宙人との恋のお話です。実は二人は昔接点があって…という。状況や攻受関係等、「きみは星の使者」と同じタイプのお話かな。攻が可愛かったです。
◆秘夜に蜜杯:触手のテーマらしいお話です。
◆へびの嫁入り:これは蛇が可愛かった!全ての蛇がこんな風に愛らしければな…と思わずにはいられない可愛さでした。その本体とのギャップも良かったです。タイトルは「へびの嫁入り」ですが、内容は「ヘビへの嫁入り」です。
◆ブラック企業で貞操の危機に曝されています:これもまた触手のテーマらしいお話。
福山さんの明るいタイトルコールから始まるこの一枚は、シリーズ初のスペイン組のみでのお話となっており、収録時間もしっかりととられ、じっくり聴くことが出来ます。トラック1~5までが本編(48分くらいです)で、トラック6には大川さん・遊佐さん・宮下さん・千葉さんの4人+別撮り(かな?)の福山さんのフリートーク(全部で16分くらいです)が収められています。これがまた実に和気藹々とした雰囲気で、皆さん仲良さそうだな、楽しそうだな、と、聴いているこちらも笑顔になってしまいます。
タイトルにも書きましたが、こちらのCDは終始アロンソのモノローグによって展開していきます。ですので、ビセンテへの複雑な想い、レオやマルティン等の周囲の人達への気持ち、自分の人生や出自・身分からくる葛藤、これまでの出来事、これからの出来事への思い、それらを全て遊佐さんが味わい深く語っています。遊佐さんがこんなに長く語られるのを、私自身は「忘れないでいてくれ」でしかお聴きしたことがなかったので、新鮮でした(勿論、このシリーズでもアロンソの独白は初めてですので二重に新鮮なのですが)。彼はこんな事を考えたり悩んでいたりしているんだなぁとか、主従の絆に胸を打たれたりして温かい気持ちになるのですが、その分、これからどうなってしまうんだろうと思いやられ、ちょっとした会話の中などにも、静かな穏やかさの中にじわじわと近寄って来るほの暗い影を感じます。
彩さんによる描き下ろし(多分)のジャケットイラストも素敵です。5人がこうして顔を揃えるイラストはそんなには無いと思いますので、ついじっくり見てしまいます(マルティンがいい感じに渋いですね、出来る従者そのものといった感じです)。表は淡いグリーンと衣裳の濃色の対比の効いた配色が美しく、裏は暗い夜の様な、それが切り絵や影絵の様に見える幻想的な一枚となっておりまして、視覚も十分満足させて頂きました。
少し気になった点を挙げさせて頂くと、時々、ほんの少しですが声が割れる様な、妙に反響する様な箇所があり、いずれも遊佐さんの台詞の時でしたので、マイクか録音の問題か何かでしょうか。自分は素人ですのでよくは判りませんが、それが少し残念でした。幸い、聞き苦しいというほどではないのですが。それと、これは気になったというのとは違いますが、物語の舞台状況上今回は海斗が終始本当にカタコトですので、いつもの滑らかなお喋りはほぼ聴けないです。判ってはいましたがそれも少し残念で、また、そういう場面を文字で読むのと実際に聴く際の違いを感じました。文字の場合、ひらがな=外国語を拙い感じで喋るという、文学界でのある種の約束事を自然と納得していますが、音だとそこまでの約束性が強くないからかな?勿論そんな海斗も可愛いのですが、その状況に完全にははまり切れなかったというのが素直な感想です。ただ、海斗が結核だった時や拷問で弱っているジェフリーを聴いた時も思いましたが、あんな風に自由に喋れない状況で、それでも感情を込めて演技をするってすごいなぁと、改めて感心しました。
あれこれ書いてしまいましたが気になった点はどれも本当に些末な問題で、総合的にはいつもながら全サとは思えないほど楽しませて頂きました。原作では戦闘に入っている彼らのこれからが大変気になると共に、新シーズンのCDも待ち遠しいです。
発売を知った時からとても楽しみにしていました。
―が、到着してわくわくしつつ取り出して、美しい装丁と表紙をためすすがめつ眺めていましたら手が滑ってあるページが偶然開いてしまい、それがまた少々核心に触れる様なカットだったため読む前から何事かを察せざるを得なくなり、ややテンション下がりつつ読了いたしました……。あのページでなければまだ違ったと思うのですが、円陣さんのひときわ冴え渡る素晴らしい筆のおかげでそのカットから放たれる雰囲気の方向性を推察してしまい、もう読み始めからある種の予備知識がついてしまって。ああ、本当に失敗しました。知らないままで読みたかったです。未読で興味おありの方は、くれぐれも何かの拍子で先に挿絵をご覧になってしまわない様にお気をつけくださいませ。
―と、注意喚起&嘆きはこの辺にして、お話自体は面白く読みました。相変わらずの榎田さんの鮮やかな筆さばきが心地良く、軽快な文章や気の利いた表現に取り込まれ、大変楽しく読み進められます。全体のストーリーや事件自体は殊更に奇をてらったものでなく正統的で、実際の社会問題がうまく反映されているのでリアリティもありました。また、ごく一般的な3P作品で展開される様な交わり合いとちょっと違う、かなりしっかりした決まりや確立された力関係に基づいた3人の関係(まるで狼やライオン等、序列の厳しい野生の生き物の世界の様な感じです)、というのは自分はこれまであまり読んだことがありませんでしたので、非常に新鮮な気持ちでした。色々感想はあるのですが、もっとこの3人のお話を読みたい、それが一番かな。それと、これはぜひぜひドラマCDで聴いてみたいなぁ~。真剣にリクエストしてみようかと思うほど、音で聴いたら更に楽しさ倍増しそうなお話です。
―という風に、辻という人の内面や3人の関係性、それがどんなバランスの上に成り立っているのか等々、色々注目して読みましたし、彼ら3人での色っぽいシーンも堪能させて頂いたのですが、自分としてはこの本の最大の印象はもっと別の所に根付きました。そうです、櫛田とレンです。作者の意図にまんまと乗せられた様で幾分癪に障らないでもないのですが(苦笑)、幸せな鍋のシーンで泣いたのは私ですよ、ええ。ああ、もう何でこんなあからさまな泣かせ所に引っかかってるんだろうと自分でも判っちゃいるのですが、辻、櫛田、レン、3人それぞれの気持ちを考えながらそのシーンを読んでいると、この幸せが実現しなかったやるせなさや人生のままならなさを感じたり、自分自身も過去のよしなしごとを思い出したりしてしまって。極め付けにあの歌の一節ですよ……。辻の涙が移っちゃいますよ。こんなにありふれた、よくありそうな場面・状況設定でここまで仕立て上げる榎田さんの筆に完敗&乾杯です。
収録作家さん、作品、大まかなページ構成は以下の通りです。
1.尾上与一さん「二月病」番外編:約50ページ(+作品解説1ページ)
2.さとみちるさん「日月星、それからふたり」番外編:約45ページ(〃)
3.尾上与一さん「碧のかたみ」番外編:約20ページ(〃)
4.木原音瀬さん「リバーズエンド」番外編:約55ページ(〃)
5.安芸まくらさん「明日も愛してる」番外編:約70ページ(〃)
6.草間さかえさん「生田さんちのこめ王子」より 漫画:2ページ(〃)
7.黒沢要さん「二月病」より 漫画:3ページ(〃)
8.各作家さんによる短いあとがき
主に「明日も愛してる」と「生田さんちのこめ王子」のために買いました。
「明日も愛してる」:本編から2年後が舞台です。挿絵1枚あり。ツダ視点から描かれているため、それまで判らなかった事実がちょこちょこと判明し、本編の隙間を多少(※本当に「多少」です。やはりまだまだ謎だらけ……)埋めることが出来ると思います。
櫂の人生に影響を及ぼしたらしい「師」(※苗字でなく文字通りの師です。何の師なのかは不明ですが、おそらく機織り関連?)の事、その男をあまり好ましくは思っていない様子のツダ(その男が生きているのかどうか等も一切不明)、機織機についてや機を織る櫂(ツダはそれをあまり歓迎はしていない風)、ツダの職業や櫂のマンションにおける彼の部屋の事情等、櫂とツダ、二人の顔がよりはっきりと見えるような情報を読めて少しスッキリしました。ただ、櫂の記憶のリミットは13分間から12分間に減ってしまい、ゆっくりとでも進行しているという切ない現実も見せられます。そのためなのかどうか、二人が身体の関係を持てているのかが今一つよく判りません。何と言うか、スキンシップにおいてはよりよそよそしくなっている印象を受けました。時を経て多少ツダの気持ちの整理がなされ、焦燥感が少し落ち着いたということもあるのかもしれませんが……。恋人感やそういった接触というシーンは本編の方がぐんとありますので、それに比較すると少し寂しい印象があります。櫂の戸惑いに対してツダも以前の様にぐいっと踏み込んでは行かないと言うか。それでも、ツダの寝床に関するある記憶を、とっくに忘れているはずの時に櫂がふと口にしたりして、少し希望のようなものも感じました。そんなこんなで色々あって、一緒の寝床で眠れるようになりそうな感じで物語は終わります。何かが解決した訳でも、治癒の兆しが見えた訳でもなく、切なさはどうしても付いて回るのですが、「一緒にいる」という毎日を繰り返して、その中でツダが自分なりの落としどころを見つけると言うか、そのままを受け入れて二人で生きていくんだという、穏やかながらも強いツダの想いを感じる温かいお話でした。
「生田さんちのこめ王子」:2ページ(見開きで1ページ)の短い漫画です。おにぎりを小道具に、その後の二人が仲良くやっている様子が判る、何ともほのぼのなお話でした。久しぶりに本編も読みたくなります。
という訳で、「中立」だからいまいちだった、という意味ではないです。正直言って何を選べば適当なのかが判りません。あえて点をつけるとすれば「評価無し」、でしょうか。
粗筋や他の方々のレビューで辛いお話だと解ってはいましたが、それでも本当に辛かったです。読むんじゃなかったと思う気持ちもあります。どんなに悲しいお話でも、(創作だし)と割り切って気持ちを切り替えることが普通は出来るのですが、今回の題材は実際にこういう困難があること、また、自分や自分の大切な人達がいつそうなってもおかしくないと判っているからこそ、なかなか割り切れない大きな悲しみを感じました。
皆様書かれていらっしゃいますように、記憶力に深刻なハンデを負った櫂の視点でお話が進むため読み手には状況が断片的にしか伝わらず、欠けたパーツをツダや櫂の妹、近所の人達の言動や態度から繋ぎ合わせ、類推していくようなお話です。2、3回読み直して細かい伏線や時系列、人間関係等は把握しましたが、どうしてこうなったのか、どんな状況で事故は起きたのか、櫂の生業は何だったのか、ツダの足の小指の欠損の理由等々、肝心な事柄はほとんど霞に包まれたまま終わります。いち読者としては不満にも思いますが、櫂の視点ですので流れとしてはごく自然だとも思わざるを得ません。唯一何もかもを知っている、読者にそれを詳しく教えることが出来るツダにしても、事のあらましを櫂に全て語ったところでどうにもならないというやるせなさを抱えている気もする。だからほとんど語られないのかもしれない、そんな風に思いました。また、櫂の視点だからこそ、13分間の記憶がリセットされる度に彼の感じる戸惑いや不安、混乱、狼狽の様子がひしひしと伝わっても来ました。短い十数分の中でほんわりと根付きつつある「この人を忘れたくない」という深い祈りの様な切ない想い、でも確かにそう願っていたことを数分後にはまた忘れてしまう―これ程残酷な事があるかなと思うと泣けてきます。
ただ、それ以上にしんどいのはやはりツダでしょうね……。想像を絶する苦しみだと思いました。櫂を混乱させないために彼の利かせる咄嗟の機転、それは二人の実情とはかけ離れた「設定」の数々なのですが、一体ツダは幾つこんな風な台詞を準備して櫂を守って来たんだろうかと思うとやるせなくて仕方ありません。どんな思いでそれを口にしているのかと思うと……。深い想い、献身や愛情、根底は勿論それなんでしょうけれど、自分が壊れないままにそれを実践していくのはきっととても難しい。もし自分がツダだったらどうするだろう、涙を見せずにあんな風に出来るだろうか、生きていてくれさえすればいい、数分のことだとしてもその時だけは自分を見てくれればそれでいい、そんな風に思えるようになるだろうかと考えさせられます。ほんの時たまに訪れるらしい、回路がきちんと繋がった状態の櫂との邂逅、それもまた読んでいてやるせなく、その時だけはそれぞれの口調も(おそらく)昔に戻り、互いが本当に繋がっている会話をするのも、愁いなく幸せだった頃の過去の二人を想起させて、かえって寂しい気持ちになりました。どうにかしてここで時を止めてあげられたら……と思わずにはいられません。
よく、無償の愛とか見返りを求めない愛とか言いますが、まさにそんな愛の物語でした。一生懸命自分を納得させて、そう思い込むだけでなく本当にそう思って、櫂のために尽くしたい、前向きに頑張りたいと思っている。でもやっぱり時には辛くて哀しくて仕方なくて、失ったものへの未練を抑えることが出来ない、そんなツダの切ない想いに一緒に泣きました。
草間さんの絵もお話も大好きで全部揃えておりますが、何となく表情が硬いと言うかどこか素っ気ない様な印象がありました。しかしこのシリーズではその印象が見事に覆され、それぞれのキャラの浮かべる様々な表情に、(こんな風にもお描きになるんだ)と、新鮮な気持ちで一杯です(もっとも、それまでの自分が気づけなかっただけなのかもしれませんが……)。
この2巻(シリーズ通しては3冊目)は、中でも有原の鮮やかな表情の弾ける一冊でした。一番印象に残るのは150~155ページ辺りの、澤に手紙のもう半分を渡され、全て揃った際の一連のシーンでしょうか。色々な事が重なって突然ほろっと涙を零す有原の、そして今作の帯にある印象的なセリフを口にするその姿も、何と言うかとても鮮やかでした。ひっそりと控えめな彼だからこそ、その感情の発露がより一層色鮮やかに感じられます。とは言えそれは決して我儘とか癇癪とかそういう類のものじゃなく、(おそらく無意識なのでしょうが)澤への少しの甘えも含んでいて、そんな有原の姿はもういじらしくて可愛くて仕方ありませんでした。ここは澤の気持ちにぴったり同化して読んでしまいましたよ。有原を愛してしまう澤の気持ちがとても解ります。本当に素敵なシーンでした。今からドラマCDが楽しみです。是非制作して欲しいなぁ。
他の方も仰いますように、夢子さんと志緒さん、本当にいい味出していましたね。草間さんはこういう脇のキャラの描写がつくづく巧みだなぁと、改めて感心させられました。セリフや容姿がもう本当に忘れがたい人達です。廣瀬・花城組も、今回は主に花城の心の中に進展があった模様で、次巻も楽しみです。花城の中に漠然と感じられる寂しさの様な虚無感の様なものが、廣瀬の存在や過去の克服によって少しでも取り去られたらいいなと思います。
穂波さんのこれまでのコミックスの中では多分一番ベッドシーンの多い一冊です(※あくまで穂波さんの作品比ですので、例えば左京さんの様にそういったシーンに定評のある先生方の作品からしたら非常に少ないですが)。初めて読んだ時は、穂波さんもこういう直截なシーンをお描きになるんだとかなり驚きました。勿論原作の方の流れに沿っていらっしゃるので自然そうなるのでしょうが、それは別として驚いてしまって。元々好きで挿絵買いをしていた作家さんではありましたが、それまでのコミックスや挿絵からは優しくて穏やかでというイメージが強かったからでしょうかね。
全体の3分の2ほどを占める表題作はやんちゃで少々貞操観念の緩い坊ちゃまと訳アリの高貴な怪盗(?)の恋の鞘当て的な感じのお話で、肩の力を抜いて楽しめるストーリーです。ただ、お話の面白さはまた別として、それよりも何よりも穂波さんの美しく色気に溢れるベッドシーンにただ見惚れるばかりです。眺めているだけで溜息の出そうな繊細なタッチで描かれる二人の絡みはとても艶っぽく、一コマひとコマが本当に素敵です。ちょっと(時にはかなり)強引で、その優美な見かけの割に押しの強い怪盗と、それに逆らい抗いながら結局はいいようにされてしまう坊ちゃまですが、この坊ちゃまも何と言うか小悪魔的な色気の中に生意気な幼さみたいなものが同居している可愛い子なもので、怪盗の気持ちが解るかも。怪盗は怪盗で、こちらもまた昏さと愁いの混じった眼差しの色っぽさが素晴らしく、ああ、坊ちゃまを好きなのね、と画面から伝わって来て、身体はともかく心はなかなか怪盗の言いなりにならない坊ちゃまに焦れる姿に萌えを感じます。
表題作の他には二編収録されており、他の方のレビューにもありますように特に議員さんのお話が面白かったです、表題作とは雰囲気がガラッと変わっていて。ただ、ガッツリではないとは言えリバのシーンがありますので、苦手な方はご注意を。いずれにしましても、穂波さんの魅力溢れる絵を堪能できる読み甲斐のある一冊です。