ゴールデンビッチの続編です。
晴れて恋人同士になったクラウディアと大吾は、
新婚生活+行儀見習いとお仕事の毎日です。
大吾たちが所属する四係宮城班、通称「宝石箱」に新メンバーが入ります。
テルこと日下部輝明という、大吾と同じスナイパーです。
このテルの登場で、四係のメンバーの様子も少しぎこちなくなります。
クラウディアもテルを直感的に嫌悪し、大吾も過去の傷が表に顔を出してしまいます。
大吾の心の傷は、前作「ゴールデンビッチ」でも書かれています。
不運な事故でしたが、大吾だけは、自分の心の声に悪魔が答えたと思い込み
ずっと立ち直れないままでした。
テルと大吾とクラウディアが、射撃場で練習をしているときに
クラウディアが謝って、射撃中の大吾に触れてしまったため誤射し、
防壁の破片が飛んで、クラウディアの頬にかすかな傷ができました。
この傷のせいで、大吾は過去の出来事がフラッシュバッグしてしまいます。
クラウディアと出会って、ようやく過去から立ち直りかけた大吾ですが
また、不安や嫉妬や妬みが心を覆っていきます。
一番大切なクラウディアのことでさえ、自分の自信のなさから信用できなくなり
遠ざける酷い言葉を言ってしまいます。
前作では、大らかで優しくクラウディアを受け止めた大吾ですが
今作では大吾の弱さが全面に出てきます。
自分で分かっていながら、クラウディアを傷つけずにいられない
ダメっぷりですが、そういう弱さも人間だからだと思います。
傷つき大吾のもとを飛び出したクラウディアが、
偶然会ったテルの家へ誘われついて行ってしまったことが、
余計に大吾とクラウディアの溝を深めてしまいます。
大吾は、自分が悪いと十分に分かっていながら
クラウディアに謝ることも優しい言葉をかけることもできません。
クラウディアも大吾の苦しみの一端が自分のビッチと呼ばれる
過去にあると思っていてどうすれば元通りに、大吾のもとへ戻れるのか
悩んでいます。
宮城班全体の雰囲気が悪いまま、大きな仕事が入ります。
大吾とクラウディアは、別行動です。
この仕事で、今まで知ることがなかった事実が次々に明るみになります。
テルの正体とクラウディアの最大の危機に、
大吾が再び狙撃の準備を始め、クラウディアは、IQ200の頭脳を駆使し、ビルの中をテルから逃げ回りながら証拠を集めるます。
緊急事態の中、大吾は心から謝りクラウディアと無事に仲直りをし、
そして、絶体絶命のクラウディアから「ナイトフォーク」の合図。
やりきれなさも感じますが、事件は一応、終息に向かいます。
テルからの遺言のような言葉の意味や過去の事件とのリンク、
まだまだ、たくさんの謎が残されているこのシリーズの続きが
本当に待たれます。
【追記】
「ナイトフォーク」は、チェスで使われる言葉です。
作中、大吾とクラウディアがチェスを楽しむシーンがあります。
ここにも仕掛けがあって、タネ明かしの際には、
クラウディアの幸せと健気さと愛情深さを感じられます。
ルチル文庫の表紙で、初めてのガーターベルトです!
犬シリーズ(わんこシリーズ)今回の舞台は、公安です。
警視庁公安部は、刑事警察とは根本的に違います。
同じ警察手帳を持ちますが、事件が起こってから捜査するのが刑事警察で、
起こりうる事件の情報を収集し、未然に防ぎ、海外への不正な情報流出を
防ぐのが警視庁公安部です。
その公安に、ゴールデンビッチのコードネームで情報提供してくるのが
今回の主役の一人、警察犬と同じ扱いをされる人工生命体の
『毛野・クラウディア・バルデッリ』です。
もう一人の主役『灰原大吾』は、上司の宮城虎鉄から、野良犬の捕獲を命じられます。
野良犬=クラウディアは、CIAに納品される予定でした。
2年前の納品の日、目の前で主を射殺されたクラウディアは、そのまま逃亡し、
一人で犯人捜しを始めます。
その方法が、射殺犯の関係者と思われる人物に近づき、
誘惑して逆レイプし、情報を引き出すという手荒なものです。
公安もマークしている人物たちのため、目当ての情報以外は、
証拠写真と映像を公安へ丸投げします。
クラウディアのコードネームは、髪の毛の色とこの行動からきています。
クラウディアは、自分の美貌と頭脳を活かして、次々にターゲットに接触します。
人の手がなければ生きて行けない人工生命体のクラウディアには、
残された時間があまりありません。
命のすべてをかけて、主を射殺した犯人を見つけ復讐しようとしています。
「愛されていたかもしれないのに」と亡くなった主の愛情を
一途に希うクラウディアの姿を文章の中から感じたときに、
はしたない行為を繰り返し、ビッチと呼ばれていても、
天使の面影が見え隠れします。
クラウディアの本当の姿、ビッチのクラウディアに普段は隠れている、
純真さや健気さを感じた大吾は、何とかして救い、
愛し愛されることを教えたいと考えるようになります。
クラウディアが射殺犯を見つけ接触したことが分かると、
本来、スナイパーの大吾は、ライフルを手に急いで救出に向かいます。
お話の冒頭から、宮城班は他の班からあまり良く思われていないのが分かりますが
『ソトイチ四係 宮城班 通称《宝石箱》』
仲間内から、侮蔑を込めて呼ばれるこの名前の本当の意味を知ったときは
思わずゾクゾクしました。
現場に駆け付けた大吾は、クラウディアと一緒に射殺犯に追いつめられますが、
クラウディアの指示通りにライフルを撃ち、のちに「白昼のドミノ」と呼ばれる
荒業を熟し、射殺犯を無事確保します。
このドミノシーンが、とても迫力があり、わくわくしました。
小説を楽しむ醍醐味といえるのではないでしょうか。
大吾から愛されることを少しずつ受け入れていくクラウディアの可愛さと言ったら、
大吾じゃないですが「誰がビッチなんて言った」と言いたくなります。
とびきりキュートなクラウディアと、少々ヘタレですが優しく大らかな大吾の
追いかけっこから始まる恋です。
玄上先生は、伏線を張るのも回収するのも、生意気な言いかたですが
とてもお上手だと感じます。
謎が解けるたびに、目の前が広がる気がするのが、とても心地よく
この心地よさが物語をより面白くさせていると思います。
シリーズの根本の事件には、まだ謎が多く、解決もしていません。
シリーズ復活と、一番底に潜んでいる事件解決を読みたいと強く願います。
犬シリーズ(わんこシリーズ)2作目です。
「茨姫は犬の夢を見るか」だけでも楽しめますが
しもべと犬のメンバーも登場するので、両方読む方が
より深く物語を楽しめます。
刑事部捜査第一課第二特殊犯捜査第五係、表向きには公表されていない係の
分析官を務める篠宮犬姫は、前作「しもべと犬」の刑事、石凪信乃と同じく
遺伝子操作で生まれた人工生命体です。
犬の遺伝子を組み込まれているので、警察では《犬》と呼ばれています。
ある日、信乃は、庁舎のトイレである男に出会います。
銀髪で瞳はわずかにグレーがかっていて、タバコと《犬》にしか嗅ぎ取れないほどの
身体に染みついた硝煙の匂い。
信乃は危機感を覚えますが、ある事件のために帰国した玖上禪でした。
玖上禪は、犬姫の主です。
犬姫は、禪のためだけに生きています。
「俺は、禪にしか跪かない」犬姫のセリフです。
このセリフの中に、犬姫のすべてがあると思います。
禪を生かすための大量のデータを脳に詰め込んでいるために、
24時間のうち通常で6時間、禪のサポートをするときは、
2時間しか起きていられない犬姫です。
自衛官、二個小隊が、イージスシステムを搭載した護衛艦と
生物研究所に分かれて立てこもるという前代未聞の事件が起こりました。
生物研究所には、滅びたはずの《天然痘》が保管されていて、
立てこもり犯の要求を国が飲まなければ、天然痘亜種ウイルスに感染したバクテリアを
イージス艦に積んで外国へ輸出するというものです。
そのバクテリアの捜索と奪還が、5係に与えられた今回の任務です。
生物研究所の捜査のため、銃弾が飛び交う研究所内を走る禪と智重と、
のちに加わる信乃、モニター越しに指示を出す犬姫が、とにかくカッコいいです。
特に、犬姫の犬の能力に圧倒されます。
戦闘シーンが臨場感たっぷりに長く書かれているので
ミリタリー好きさんもきっと楽しめると思います。
スピード感、躍動感、緊張感、物語だからこそ楽しめるアクションシーンが満載です。
閃光弾を狙い通りに炸裂させる禪、信管を抜く音をさせない智重。
信乃に犬の走り方を教える犬姫、犬の耳を使って走る信乃など、
夢中になって読んでしまいます。
順調に制圧に向かっていたはずの雲行きが怪しくなってきたころ、
今回の事件の首謀者が姿を現します。
過去に禪と智重とも因縁がある人物でした。
天然痘を運び出そうとしたのを止めようとした信乃が感染。
戦闘は過酷さを増し、禪と智重も追いつめられていきます。
犬姫の起きていられるリミットも超え、絶体絶命かと思ったとき、
ある人の登場で戦況は持ち直し、解決に向かいます。
今作でも、わんこたちの主に対する胸が痛くなるほどの愛情と忠誠に
胸がいっぱいになります。
わんこの一言ひとこと、行動のすべてが愛おしく感じます。
禪は明るいドSなので、犬姫とのSMシーンもあります。
苦手に思う方もいるかもしれませんが、禪は絶対に犬姫を傷つけることはないですし
痛めつけるような行為もしません。愛のあるSMです。
前作よりもハードな展開ですが、映画を観ているような
夢中になってしまうストーリーです。
警視庁の非公式な部署に属する刑事・奥村智重は、
人間の細胞から作られた人型の「犬」と呼ばれる生命体・石凪信乃を与えられて組むことに。
(あらすじより)
通称 犬シリーズ1作目です。
玄上先生のファンは、愛情を込めて『わんこシリーズ』と呼んでいます。
信乃は人の細胞に犬の特性を組み込まれて作られた人工生命体です。
主(智重)に忠実で、愛情深くとても健気で、智重を守るためならどんなことでもする覚悟でいます。
そんな信乃に智重は冷たくあたります。
信乃は、智重に何とか気に入られようと必死です。
その必死さが健気でなんとかしてあげたいと読みながら強く感じずにいられません。
智重が信乃に冷たくあたるのには理由があって
「呪い」と智重が信じてしまうほどの不幸のせいで智重自身も苦しんでいます。
どんなに偶然だと思いたくても「自分のせいだ」と思ってしまう
智重の気持ちも分かる気がします。
呪いがかかっていても信乃を側に置きたいと思うくらい
信乃を愛しているのに、どうしても呪いが怖い智重。
優しくしないことが信乃を守ることと信じていて、
自分の想いも伝えられません。
身体を重ねることはあっても、気持ちはすれ違ったまま、
どこかかみ合わない二人ですが、仕事は待っていてくれません。
5係は、事件が世間に知られると困る人たちの
属に言うスキャンダルと呼ばれる事件を極秘裏に解決する部署です。
お話の大部分を占める事件を始め、前哨戦と言ってもいい事件を
解決するために、信乃と智重、他の5係メンバーが活躍します。
捜査シーンなど細かな描写にドキドキします。
信乃がダイバーナイフを納めるためのホルダーを太ももに巻くシーンや、
暗い場所にに突入する信乃のために、智重が背後からそっと片目を塞ぐシーン。
GWで大混雑の空港で、犯人を追いつめる緊張感。
臨場感に溢れたアクションシーンも十分楽しめます。
犯人確保のクライマックスシーンは、涙なくしては読めません。
信乃の智重への愛情と忠誠、刑事としての矜持と誇りに胸がいっぱいになります。
命に係わるケガをした信乃に対して、ようやく智重は自分の気持ちを伝えることができます。
「お前が大切だ」「側にいてくれないか」……どれほど信乃が待っていた言葉だったか。
『幸せすぎて、眠れるはずがない。』そう思えるようになった信乃と
信乃にそう思わせることがようやくできた智重。
心優しいわんこは寂しい主を救うために生まれてくる、
そんなシリーズの第一作目です。
尾上与一先生の待望の新刊、発売が本当に楽しみでした。
ネタバレがありますので、お気を付けください。
あらすじで塁の戦死が分かっていたので、覚悟して読みました。
もしかして?と淡い期待を抱かずにはいられませんでしたが、やはりあらすじ通りの最期です。
塁の最期の言葉に胸が締め付けられますが、それでもずっと名誉の戦死だけを望み続けていた塁が、三上と出会ったことで、三上のもとに帰りたい、もう一度三上に会いたい、会えなくなるのが怖いと思えたことに安堵しました。
憎しみや恨み、屈辱だけを抱えて、短い一生を終えるのではなく、誰かを想って恋しいと思えるようになれて安心しました。
どうしようもなく悲しいですが、それでも塁が「いい人生だった」と最期に思えたことに、よかったねと穏やかな気持ちで答えたいです。
封入特典ペーパー「月と懐中時計」を読むと、
塁が恋しいと想う三上の気持ちが痛いくらい伝わってきます。
三上の「俺は元気です」の言葉に塁の笑顔が見えるようです。
作中には、1945シリーズのメンバーもちらほら登場します。
微笑ましかったり、ああ、あの時のことね…と思ったり
お馴染みの顔ぶれにホッとします。
悲しいだけじゃなく、温かい想いを感じ
恋をして良かったと思えるお話です。
たくさんの人に読んで頂きたいです。
『天球儀の海』のスピンオフです。
前作で、恒の戦死の知らせが届いていたので、覚悟して発売を待っていました。
まず、表紙が発表になったとき、見た瞬間に魅了されました。
恒と六郎の笑顔が本当に素敵で、素敵な分、二人の行く末が心配で心配で。
でも、こんなに素晴らしい笑顔の二人のお話なら、たとえ何が起きても
二人が幸せな時間を精一杯、生きたことは間違いないと確信しました。
そして、本編は、私のヘタクソな文章では伝えきれない素晴らしいお話でした。
恒は、曲がったことが嫌いで、周りからの嫉妬や妬みで意地悪をされても
真っ向から立ち向かい、毎日のようにケンカに明け暮れてます。
そのたびに、キツイ罰があっても、お構いなしです。
乱暴で粗野な性格かと誤解されがちですが、とても素直で航空機と家族を心から愛して大切に思っています。
そんな恒とペアを組んで『夜間戦闘機 月光』に乗り、恒のことを知って行くうちに、六郎はどんどん惹かれて行きます。
好きにならずにいられない。まさにそんな感じです。
恒もペアとして絶大な信頼を六郎に寄せて、信頼と同じくらい
愛情を感じるようになります。
二人の気持ちが寄り添って行く様子が、とても自然に描かれています。
星の話や花火の話が、ほんのひと時、二人の穏やかな時間として書かれていて、
忘れられないエピソードになっています。
そしていつしか、誰もが認める「黄金ペア」として、戦場でも名を馳せていきます。
戦況はどんどん悪くなり、戦闘機の数も激減し出撃すらできなくなってきた時、
整備員たちが拾った部品などで戦闘機を組み立てます。
そんなことができるのかと、機械音痴の私は思ったのですが、
整備員たちの技術のすごさに圧倒されました。
そして、その『複座の零戦』で恒と六郎は最後の出撃をします。
ラストは、読んで頂きたいので内緒のままで。
本編の他にSSが2編あります。
読み終わった後は、出版社のWEB特典を時間を置かずに読んで欲しいです。
私は、尾上先生が描かれた、恒や六郎、他の登場人物のような方が、実際にいたんじゃないかと思います。
戦争はいけない。
戦中戦後は、辛くて、苦しくて、悲しくて、悲惨なことがたくさんあった。
それは大前提です。誰にでも分かることです。
でも、そんな当時でも、楽しいこと面白いことがあったら笑っただろうし、
それが生活のほんの一部であり、一瞬の出来事だったとしても、
間違いない事実だと思います。
過酷な状況でも笑えるのは、人の強さでたくましさではないでしょうか。
そう思わせてくださる尾上先生の作品が大好きです。