この表題作を生々しさが一切なく糖度200パーセントの
実写作品に仕立て上げる事が出来る映画監督さんが居たら、
評者はとりあえず主義主張を鉛の箱にしまい込んで
褒め称えたい、そう言う読後感です。
何しろ表紙が表紙ですので変な覚悟を持って挑んでみる訳です。
そしたら思わぬ所へ叩き落された上にごろごろと転がされる
訳です。
こんな奇妙なバランスを成立させた作品がおいそれと
実写化されてたまるもんですか。
で、併録作もある意味ではよろしくない。
表題作が表題作ですからある程度一息つけると期待する訳ですよ。
そして続けて読んだら呼吸困難になりかける訳ですよ。
…表紙がある意味一番の清涼剤と言うのも珍しい一冊です。
もしかしたら、評者はこのレーベル自体に対する評価の
第一歩を間違えていたのかも知れません。
全年齢向けを基本としつつロマンスの過程を描くのが
このレーベルのカラーだと思っておりましたが…、
今作の様な難しい球をしれっと投げられると、内包するものが
どれだけ奥深いのだろうと勘ぐってしましますね。
今作の道具立て自体は、BLとしては全て有り得るものだと
評者は捉えています。
違うのはその配列と解釈です。
それをやると受け止める側の温度差が発生するだろうと
予測されているだろうに敢えて選択された手法。
そこから改めてタイトルに対峙すると、問い掛けが一歩
深くなっている様な、そういう感覚に陥りそうになる、
やさしいけどやさしくないロマンスです。
カバー下がその回答であるかどうかは定かではないですが。
評者には珍しく、電子配信の時点から話を追って
おりましたがその時点から裏切られっ放しでした。
無論、良い意味で。
この作者さんのショタ作品のテイストを更に突き詰めながら
BL仕立てにした、と言う感想でまとめるのは簡単ですが、
その一言で収まる作品をサラッと出してくる方は
多分そうそういらっしゃらないでしょう。
その巧みさは作品のタイトルで既に発動しています。
改めてまとめて読んでみると、二重の意味が含ませて
あるのかと納得しかけるのですが、もしかしたら更に
もう一重何か潜ませてあるのかも知れない、と思わせる
空気が作中にあるのですね。
作品は区切ってありますが作中人物達の日常は続きます。
それはとても愛しい日常でしょう。
全体的にデビュー当時から考えると線が太くなったなと
お見受けしました。
掲載作の概ねの初出が電子書籍ですので、描線の傾向の
進化は初出媒体の進化に合わせたものやも知れませんね。
表題作とそのコインの裏側の傾向は恐らくこの方にとっては
初めての筈です。
既に有る様式の中にこの方の筆加減を馴染ませようと言う
訳ですから、ある程度この方の作風を承知しておかなければ
恐らく面食らうのは致し方ないかと。
試行錯誤の一環として終わるのか、それともこちらも
掘り下げるのか。それはこれから次第かと。
併録作2作はいずれもこれまでの作風の変奏曲と言う感じですね。
こちらも正調を好むかこれでも良いかと言う受け入れ方加減で
味わいが微妙に変わるかと。
評者にとっては、スレスレの加減でこれも有りかなと。
レビュー、と言うよりはちょっとした挿話的に。
帯にもある通り、こだかさんの代表作「絆―KIZUNA―」の
スピンオフなのですが、実はこのカップリングを、と言うより
攻めさんを初登場以来20年間に渡りゴリ押ししてきた方が
BL業界の中にいらっしゃいます。
誰あろうこだかさんの担当編集者であるI本さんです。
こだかさんのデビュー当時からタッグを組み続け、こだかさんの
漫画のネタにもなっているあのI本さんです。
(実は青磁ビブロス→ビブロス→リブレ出版→リブレの長きに渡り
草創メンバーとして社を支え続けたかなり上な方。
掲載誌の編集長でもあったり。)
そのI本さんの萌えツボがみっしり詰まった一冊と拝します。
1999年の時点で既にナイスミドルの胸毛萌えを公言されて
いましたので。
(「絆―KIZUNA―V」あとがきより。
「つれづれ絵巻―BLマンガ家のゆかいな日常―」に再録。)
腐女子の一念、岩をも通す。
そう言う背景めいたものに想いを馳せつつ再読されると、
また違う味わいがにじみ出てくるかと。
出自を軽くおさらいしておきましょう。
この作品は2015年3月から1年1ヶ月を掛け、Twitter上と
pixiv上で発表した自主連載作品が基盤になっているとの
事です。このレビュー時点でもpixiv上に初出版が掲載されて
おります。
またこの作者さんは本年(2016年)5月に電子書籍にて
商業デビューを飾られました。
作者さんpixiv→ http://www.pixiv.net/member.php?id=3579161
本作は、かなり繊細な作品です。
初出時そのままのタイトルも含めて、魂の叫びで構成されて
いるのだろう、と評者は受け止めました。
でも、そこにきっと痛みはありません。
希望を育てようと言う勇気が存在するらしいですね。
作中人物達の日常をそのまま切り取って額装した様な
構成になっている為、やや入り込み難い部分はあるかも
知れません。
でも、馴染んでみるとタイトルに込められたものを
感じる事が出来るのやも知れません。