★作品発表★ 著者:村咲 泉
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バレンタイン当日。今年も、ヤスタカのもとには大量のチョコレートが集まった。放課後の教室で、ヤスタカは綺麗にラッピングされた包みを開いていた。
「やった、これ限定で出てたやつだ。食べたかったんだー」
「……食べるのかよ。告白にOKする気もないくせに」
不機嫌そうに応えたのは同じクラスのシュウジだ。苦さを含んだシュウジの言葉に、ヤスタカは笑いながら言う。
「美味しいものは美味しくいただいたほうがいいでしょ。シュウジもいっぱいもらったんじゃないの?」
「好きじゃない人から受け取る気はない」
「ふーん……」
ヤスタカは包みを開いたチョコを眺めながら少し考えると、ハート型のチョコを摘む。
「じゃあさ、僕からチョコあげるって言ったら、シュウジは受け取る?」
言いながらハート型のチョコを唇にくわえ、シュウジの肩に手をかける。
「……っ」
「ね、どうするの? 受け取ってくれるの?」
チョコをくわえたまま、じっとシュウジを見つめるヤスタカの瞳に呑まれるように、シュウジはヤスタカの腰に手を回した。
「これもレッスンの一部?」
そう言うと、シュウジは顔を寄せ、白く輝く歯でチョコのきっちり半分を噛み割った。
その男らしい仕草と眼鏡越しのまっすぐな視線に、ヤスタカは思わずうろたえてしまう。残されたチョコが唇からポロリと落ちた。
「そ、そう……てか、それって答えになってないだろ!」
自分の狼狽を知られたくなくて、ヤスタカは急いで体を離す。
「とにかくこれじゃだめだよ。もっとレッスン続けなきゃ」
「もういい」
「えっ?」
きっぱりした答えに、ヤスタカは今度こそ言葉を失った。
「レッスンはやめる。やっと告白する決心がついたよ。ヤスタカのおかげだ」
少しはにかみながらも、シュウジは強い視線を外そうとしない。
本気なんだ――そう思ったら、鼻の奥が急に熱くなった。こみ上げてきた涙を見られたくなくて、ヤスタカは慌ててうつむいた。
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はじまりは一年前のバレンタインデイ。
日直で遅くなったヤスタカが教室に戻ると、シュウジが途方にくれた様子で立っていた。青ざめ、緊張しきった彼の様子に、ヤスタカは驚いて声をかけた。はじめは何を訊いても要領を得なかったが、しつこく問いつめて、ようやく得た答えは――。
「好きな人がいるって?」
本来ならもらう立場だが、シュウジはバレンタインに乗じて誰かに告白しようとしたらしい。けれどオクテでまじめ過ぎる性格があだとなって、どうしてもチョコを渡せないというのだ。
シュウジならありえると思った。せっかく男前なのに、その活用法がまるでわかっていない。まして女の子の落とし方など見当もつかないだろう。実はかなり人気があるのだけれど。
自他共に認める校内一の色男であるヤスタカとしては、つい放っておけなくなった。
「僕がレッスンしてあげようか」
気づいた時には、そう言っていた。
「レッスンって……何の?」
ヤスタカはその問いには答えず、怪訝な顔をしているシュウジの肩に、微笑みながら両手を投げかけた。
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「ヤスタカが最初に教えてくれたのはキスだったな、この教室で」
今回、体を引き寄せられたのはヤスタカの方だった。
「う……ん」
チョコレート味の甘いキス。ちょうど一年前に自分が教えたように、いや、それ以上に巧みに、シュウジは優しく唇をついばんでくる。
(こいつ、うま――)
あの時は棒のように体を強ばらせ、ただ震えていたくせに、今アドバンテージを握っているのはシュウジだった。
唇を舐められ、舌先を吸われ、ヤスタカの体温は明らかに上昇し始めている。
「あっ!」
ヤスタカの体が跳ねた。シュウジの右手が動いて、シャツの上から乳首をつまみ上げたのだ。
「次に教えてくれたのは、愛撫のやり方だった。夏の音楽室……覚えてる?」
「あ……う、うん」
そうだ。シュウジが緊張しないよう、彼が好きなショパンのピアノ曲をBGMに選んだんだっけ。
蝉が鳴き騒ぐ中、空調の効いた音楽室で、ヤスタカは指や唇の使い方や感じるポイントなど、一つ一つ丁寧に教え込んだのだった。
「や、やだ」
シュウジの唇が喉元を通って這いおり、つまんでいた乳首をそっと甘噛みした。
シャツ越しの刺激がもどかしくて、ヤスタカは思わず首を振ってしまう。さすが優等生は違う。基礎を身につけた上で、こんなふうにじらして応用するなんて。
ひとしきりヤスタカの胸元を堪能した後、シュウジは床に膝をついた。
「それから図書室では」
「だめだ、シュウジ!」
枯葉の舞う季節に、ヤスタカが誰もいない図書室で実践してみせたのは――。
「あ……あ、ああ」
ピチャピチャと舌を使う濡れた音が響く。
立っていることができず、書棚にもたれたのはシュウジだったはずだ。それなのに今度はヤスタカが彼に支えられて、許しを請うている。
「やめて、シュウジ。出ちゃうよ」
シュウジに勃起をしゃぶられ、追い上げられて、ヤスタカは悲鳴を上げた。
彼への思いを自覚したのはいつだっただろう? 音楽室? 図書室? いや、本当は最初からシュウジが好きだった。だからレッスンなんて、ばかげた真似を始めたのだ。でも彼は――。
「いいよ。出して」
ヤスタカを含んだまま、シュウジが微笑んだ。
「だ、だって、シュウジには好きな人がいるんだろ?」
レッスンの感覚を空けたのは、シュウジへの気持ちを抑えるためだった。まったく効果はなかったけれど。
悲しいのか、気持ちいいのか、もうヤスタカにはわからない。丹念に茎を舐め上げられ、休む間もなく先端を舌先でつつかれる。
限界だった。
「ああっ!」
ヤスタカは体を震わせながら、あっけなく爆ぜた。
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「の、飲んだの?」
「うん」
くずれ落ちるヤスタカを、シュウジがしっかり抱き止めた。
「ごめん、僕……」
「いいよ。うれしかった」
「えっ?」
思わず見上げた先には、一年前と同じ優しくひたむきな眼差しがあった。
「うれしかったよ。ずっとこうしたかったから」
「シュウジ?」
困惑するヤスタカに、シュウジは深紅のリボンがかけられた小さな箱を差し出した。
「僕が好きなのは……ヤスタカなんだ」
「ほ、本当に?」
事態が信じられず、ヤスタカはただシュウジを見つめるばかりだ。その華奢な体を抱きしめ、シュウジは優しく囁いた。
「さあ、続きはどこでしようか」
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(了)
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