★作品発表★ 著者:宮沢由麻
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最終下校時刻のチャイムが鳴る中、教室に一人残っていたヒカルは、鞄を手に立ち上がった。
「……ふう」
思わずため息が漏れる。
悩んでいるのは、試験のことでも部活のことでもない。選べない選択肢をつきつけられて、ヒカルはどうしていいのか途方にくれていた。
教室の扉を開けたその時、目の前にいたのはヒカルの悩みの原因であるテツヤだった。
「……ねえ、ヒカル。僕とタクヤ、どっちを選ぶことにしたの?」
「テツヤ……」
「もう、決めて欲しいんだ」
テツヤが一歩足を踏み込んでくるのに合わせ、ヒカルは後ずさった。
「……選べないよ……」
目を背けてひとこと言うと、もう一人、扉の向こうから、テツヤと似た面立ちの男が現れる。
「おいテツヤ、一人で抜け駆けしてんじゃねえよ」
現れたのはテツヤの双子の兄、タクヤだった。
ヒカルは双子の兄弟・タクヤとテツヤに同時に告白され、どちらかを選べと迫られていたのだ。
しかしヒカルは、タクヤにもテツヤにも、同じぐらい惹かれている。二人のうちどちらかを選ぶことなどできなかった。
悩むヒカルの顎を捕らえてすくいあげ、テツヤが言った。
「じゃあ、三人揃ったことだし、この場でヒカルに選んでもらおうぜ」
「……そうだな。俺とテツヤ、どっちがイイのか、今試してみればいい」
タクヤがヒカルを背中から抱きしめて同意した。
「ヒカル、入って」
テツヤに手をひかれ、もう一度教室の扉をくぐる。
電気のついていない教室は薄暗い。
静まり返った室内に、ヒカルは不安になった。
「どうするヒカル。このままだと学校閉められちゃうかも」
「そうだな。まだ生徒が残っているとは思わないだろうし」
できれば今すぐこの場から離れたい。
でも彼らが許してはくれないだろう。
本当にヒカルには選べないのに。
ヒカルが俯いていると、タクヤが小さくため息をついた。
「……ヒカルはさ、俺のこと嫌いか?」
その声がとても寂しげで、ヒカルは慌てて首を横にふった。
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ俺のどんなところが好き?」
まさかそんな質問がかえってくるとは思わず、ヒカルは返事に困ってしまう。
それでも、嘘はつきたくないと一生懸命自分の中で答えを探した。
「……優しいところ」
タクヤは優しい。
口調が荒いので怖がられることもあるが、いつだってヒカルには優しかった。
落ち込んでいるときは側にいてくれるし、ヒカルにとってタクヤの隣は安心できる場所なのだ。
タクヤが満足げに頷き、ヒカルを抱き寄せた。
「うわっ」
突然強く抱きしめられ、ヒカルが驚く。
優しく包み込んでくれる逞しい身体はヒカルにはないものだ。
「俺はお前のことが好きだ。守ってやりたくなる。お前以外のやつなんてどうでもいいんだ」
真っ直ぐに向けられるタクヤの言葉。
整ったタクヤの顔が近づき、ヒカルは慌てて目を閉じた。
「ヒカル、俺のものになれよ」
耳元でささやかれるタクヤの言葉。
熱い吐息が吹きかけられ、ヒカルは自分の体温が上がるのを感じた。
それに気がついたのか、タクヤが微笑む。
「なんだお前、耳が弱いのか」
タクヤはヒカルの耳にねっとりと舌を這わせた。
「や、な、舐めないで……」
頭に響くぴちゃぴちゃという水音に身体の力が抜けてしまう。
逃げようと思うのに、魔法にでもかかってしまったように身体がいうことをきかない。
その場に力なく座り込んでしまったヒカルにタクヤはにやりと口の端をあげ、ヒカルの制服のボタンをはずそうと手をのばす。
「ちょっと」
いきなり横から引っ張られ、気がつくとヒカルはテツヤの腕の中だった。
「ヒカルのことを好きなのは僕だって同じ。勝手に話を進めないでほしいんだけど」
血の繋がった双子の兄を睨みつけ、テツヤは冷たく言い放つ。
それから、ヒカルのほうを向き、熱っぽい眼差しで見つめた。
「ヒカル、僕のこと好きだよね? 僕と一緒にいると楽しいっていつも言ってくれるでしょう」
ヒカルは先ほどの余韻でぼうっとしている頭で考えた。
テツヤといると楽しい。
テツヤはヒカルと好みが似ているようで、彼といると笑いが絶えなかった。
「……うん」
ヒカルが頷くと、テツヤが感極まって抱きついてきた。
華奢なヒカルはテツヤとそのまま床に倒れ込む。
テツヤの顔が近づく。
唇に柔らかいものが重なったのに気がついたのはそれから数秒後だった。
「ヒカル可愛い。好き、大好きだよ」
両手でヒカルの顔を固定し、テツヤが何度も口づける。
段々と深くなっていくキスに、ヒカルは苦しくなってきた。
「は、あ……ん」
テツヤの唇が離れる度に何とか呼吸をしようとするが、うまくできず涙まで滲んでくる。
「おい、テツヤ」
おとなしくしていたタクヤがしびれをきらして弟の名を呼んだ。
「何だよ、今いいところなのに」
「さっきの台詞そのままかえすぞ。俺はいつまでお預けくらわされなきゃいけねえんだよ」
先に手を出してしまったのだからとしばらくは我慢していたタクヤだが、艶めかしい声をあげるヒカルの姿に限界がきたようだった。
「俺も混ぜろ」
「はあ? やだよ」
「ヒカルはお前のことを選んだわけじゃないだろうが」
酸欠でぼんやりとしているヒカルの目の前で二人は喧嘩を始めてしまう。
「暑い……」
すっかり息の上がってしまったヒカルは胸元のボタンをいくつかはずした。
「ふ、う」
ロッカーにもたれかかり、だらりと手足を投げ出したヒカルは興奮のせいか、ほんのりと頬を染め、色っぽかった。
「……」
その姿をみた二人は声をなくし、背を向けて慌てて話し合いを始めたのだ。
「今回は仕方ねえな」
「いずれ決着はつけるけどね」
いっこうにさがらない熱をヒカルが持て余していると、二つの影がおおいかぶさってきた。
「ヒカル」
「な、なに?」
にっこりと微笑まれ、本能的にヒカルは後ずさろうとした。
「もう選ばなくていいよ」
「……え?」
「今日のところは休戦協定だ」
なにがなんだかわからないヒカルの両頬に二人はそれぞれキスをした。
「だから僕たちのものになって」
「え?」
「俺たちのこと好きなんだろう?」
「ええ?」
まだ事情をのみこめていないヒカルを二人はそっと床に押し倒す。
「大好きだよ、ヒカル」
おわり