chill chill ちるちる


ファンタジー特集


BLファンタジーが成立する土台を検証する
評者:ぎがさん
ファンタジーの中のファンタジー、と呼ばれるボーイズラブ。BLファンタジーを成立させるためには、あるちょっとした仕掛けが有効なのである。この仕掛けをうまく使ってBLファンタジーは、我々に違和感を感じさせず、物語の中に引き込んでいくのである。今回はそのBLファンタジーのルールについて語ろうと思う。

ファンタジーとは「空想」「夢想」「幻想」という意味であり、物語においては現実世界のように自然科学に基づく世界観ではなく、超自然科学的あるいは魔術的な世界観を指す。
BL 作品ではその名称の通り、たいていは男性同士の「恋愛」が物語の主題であり、比較的コンパクトな作品が多い、つまりたたみきれないであろう大風呂敷は広げない方針が取られることが多いためか、ファンタジー仕立てにする場合には現実世界を舞台にファンタジー要素を織り込むタイプの作品であることが殆どのようだ。
魔術的世界観の色濃いいわゆる「ハイ・ファンタジー」に分類されそうなものとして平成21年8月現在の私が知っているのは、やまねあやの『クリムゾン・スペル』(徳間書店)くらいである。

さて、ファンタジー系BL作品群の中には、同性同士が番(つが)うことに対して独自のルールを敷くことによりBLを成立させているものがあり、興味深い。
ここで白状すると私はあまりファンタジーが得意ではないので、紹介するのも有名作品ばかりではあるが、以下にその例を挙げてみる。

びっけ『真空融接』(エンターブレイン)では、「力」の「供給者」と「補給者」に二分された某国民が、同世代で波長の合うもの同士(異性のことも同性のこともある)ペアリングされ、それを唇でやりとりする。
寿たらこ『SEX PISTOLS』(リブレ)では、人類以外に他の動物のDNAが「斑覚醒」して進化したヒト科生物・斑類があり、そもそも人口に占める割合が少ないこと、ヒトとの交配ではその能力が消える可能性が極めて高いことなどから、繁殖に不利な斑類では同性同士による妊娠出産も可能となるような種々のサポートがある(疑似子宮をつくるための懐蟲という寄生虫の存在やブリーディングシステム、アングラな薬品など)。
志水ゆき『是-ZE-』(新書館)では、言霊師とその式神である紙様は同性同士の一対と定められており、言霊による反障を紙様がかぶる一方、紙様が言霊師の傷を癒すためには粘膜接触を要する。

いずれの作品でも重要なのは、当人同士にとって広い意味で「生命を維持するために行わざるを得ない行為」がやがてそれ以上の意味を持つようになる、すなわち「情が伴うようになる」点である。

そもそもBLに代表されるような「物語としての同性愛」が広く共感を得ることのできる理由のひとつに「生殖を伴わない関係であること」があるのは確かであろう。
通常の社会生活を営んでいるある程度の年齢に達した人が、結婚するとかしないとか、あるいは子を持つとか持たないとかいうことを、全く触れず考えずに生きるということはおそらくないはずだ(自分には関係のないあるいは縁のないことだと考えることまで含め)。
もちろん同性愛には同性愛の悩みや生きにくさがあることは重々承知の上で、読者は生殖とは無関係の恋愛感情やセックスが成立しうることに「愛情の純粋さ」を感じ取り、ある種の憧れのようなものを抱くわけである。

翻って、上に紹介した作品群はいずれも先に述べたように、同性同士が番(つが)う可能性があることへの理由付けはおよそ出会いの時点ですでに成されており、生命維持以外の意味は異性愛と比較しても希薄である。
にもかかわらず営まれる行為には必要以上の快感が伴うため、行為を重ねる毎に必然的に意味が生じるようになり、ついに互いを単なる生命維持の手段としてだけではなく精神的な拠り所としても認めたことが明らかにされた時、読者は深い満足感を得ることができるのである。

こういった物語展開を考察すると、ファンタジー系BL作品の一部には「体から始まる関係」モノが含まれていることが分かる。
ファンタジーではない作品で「体から始まる関係」を描こうとする場合、主人公の一方あるいは両方が性的に奔放であるとか、売春やレイプなどといった法に悖(もと)る設定が必要となることがある。
もちろんそれはそれで面白い作品が数多くあるのも事実である。
しかし今回紹介したような「生命維持のためにやむを得ず」という設定が組み込まれたファンタジー作品では、度を超えた堅物やおぼこでさえも、無理なくこの手の作品の主人公に据えることができるという点で、物語の幅がぐっと広がる可能性を秘めていると言えるのではないだろうか。

紹介者プロフィール
ぎが
本州のやや北の方に、ひとりでひっそりと生息しています。10代の頃に多少かじりはしたものの、商業BLに本格参入したのは約2年前のこと。ごく当たり前にかわいい系・きれい系の受けが好きだったはずが、あれよあれよという間にオヤジ含め幅広く雑食に。自分の適応能力に驚かされます。

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