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ファンタジー特集


異類婚姻譚?深海魚と人間の恋
トラブル・フィッシュ 潮&俊シリーズ 尾鮭あさみ
評者:藤棚さん
繊細で臆病な青年が恋によって成長する物語はBLの王道。この物語はそんな王道の体裁をとっているのかと思っていたら、メチャクチャ斜め上を行く展開!
「不思議ちゃん」ってもんじゃない不思議MAXな主人公が登場する人と深海魚のファンタジーに最初は「?」と思いながらも、その構想に引き込まれてはまってしまうのです。その後「潮&俊シリーズ」として人気を博する第一作目をご覧ください。

『お前は魚だ。
陽のささない、人知れぬところにじっとひそんでいる、凶暴で歯の少ない深海魚だ。』

そう「深海魚」と称されるのは、地方都市の大学に通う水並潮。
『生身の人間というのは、ぼくにとって識別不能の高エネルギー体のようだ』
と語る潮は、大学でも有名な変わり者で通っています。
そして実際、彼は特殊で変わっているのです。

潮の視覚は何と、三メートル先のモノは見えず、そのかわりに生物が発している固有の色や光(オーラ)が見えるのです。存在感があり、強烈な個性を持っている人間ほど、そのオーラが輝き、時には潮が直視出来ないほどの光を放つ人間もいるとのこと。
そして彼は大学に通う以外は、青いカーテンを閉めきった部屋にこもりっきり。コミュニケーション能力はゼロに近く、誰とも関わらずにひっそりと、しかしマイペースに過ごしている潮。

そんな臆病で深海魚のような暮らしをしていた潮にも、憧れの人がいました。
大学の先輩で素晴らしい美貌を活かし、バイトでモデル業に勤しむ月岡俊。
俊は潮曰く『燃えるようなソーラー・ゴールドの持ち主』です。
眩いばかりの黄金の光を放ち、炎のような強い生命体である俊と、強烈な光の前では干上がって倒れてしまう繊細な深海魚の潮。
水と火、全く正反対の二人が惹かれ合い、恋に落ちます。

この「トラブル・フィッシュ」に始まる潮&俊シリーズは、社会に適応できず、自分の世界に引きこもって生きてきた潮が、力強く生きるパワーに溢れた月岡俊と出会い、恋をすることによって、だんだんと社会で生きて行く術を自分なりに見つけ、前向きになって行く成長物語です。
繊細で臆病な青年が恋によって成長するというのは、よくあるお話といいますか。王道過ぎるほど「王道」です。しかしこの「王道」な物語を、ちょっとヘンテコで、ファンタジックにしているのが、主人公・水並潮の「半妖」という設定です。

私は当初、人間を光(オーラ)で認識するというのは、センシティブで芸術家肌である潮の脳内イメージで、社会に適合できない彼の歪さ・寂しさを表現しているのかと思っていたのです。
しかし読み進めて行くと潮は社会不適合者どころか、本当に普通の人間ではなさそうなのです!

小説ではハッキリとは書かれていませんが、恐らく潮は半妖だと思って間違いないでしょう。
不思議過ぎる存在の潮に、読者の頭にはハテナマークが飛び交うかもしれません。
この不思議っぷりにハマるかハマれないかで、この物語を楽しめるかどうかが決まります。
私は「?」となりながらも、潮の魅力に俊同様、メロメロになりました。

半妖といっても、どちらかというと魚(妖)により近い潮の性質。
深い海底から青いレンズを通して見る潮の世界は、常人が決して見ることの出来ない不可思議な景色でいっぱいです。
そんな潮と俊のセックスシーンは喘ぎ声や直接的な表現が余りなく、水・光・炎・風・嵐といった自然
現象と、幻想的なイメージ映像で綴られるのですが。これがもう!美しくてファンタスティック!!読んでいてうっとりと、ため息の連続です。
なぜそこで大洪水が!?いつのまに海に?その炎は幻なの??などと、野暮なことを言ってはいけません。これはファンタジーで、不思議なことは当たり前。理詰めで考えず、センシティブな感覚で楽しむ物語なのです。

潮と付き合うことによって、色々な不思議現象に巻き込まれることになる俊。
人間としての常識で、潮を追い詰めてしまわないか。半妖の潮と一緒にいるためにはどうしたらいいの
かと思い悩みますが、二人が別れる事は決して考えません。
その非常に前向きというか、潮に対して一途な姿がとても素敵です。黄金のオーラを持つ人間はこうでなくっちゃ!と素直に思えるほどの男っぷり。でも時々、発情期の潮に翻弄されたり、ヘタレたりしている彼も可愛くてツボです。

人間と深海魚のファンタジックなラブストーリー。
文体もストーリーも、読む人をかなり選ぶ作品だと思いますが。
ハマる人はスコーンと、この不思議な世界に浸れます。

作者の尾鮭あさみさんはJune小説道場出身者。
この「トラブル・フィッシュ」はデビュー作で、道場への投稿作でした。
風変わりでセンシティブなこの作品は、道場主である中島梓さんの評価も高かったような記憶があります。

ファンタジーとギャグの融合、スピード感溢れる尾鮭さんの独特の世界観は、彼女の名前をもじって「サーモン・ワールド」と呼ばれ、親しまれていました。
私も大好きな作家さんだったのですが、2004年に残念ながら断筆。
サーモンさんがどういう経緯で断筆に至られたかは、私には全く分からないのですが。
今でもこの作品を読み返すたびに、サーモンさんの復活を願わずにはいられません。

作品データ
作 品 名 : トラブル・フィッシュ 潮&俊シリーズ
著者 : 尾鮭あさみ イラスト : 橋本正枝
媒   体 : 小説 シリーズ : ルビー文庫(小説・角川書店)
出 版 社 : 角川書店 ISBN : 9784044337025
出 版 日 : 1992/12/0 価   格 : ¥483
紹介者プロフィール
藤棚
小さい頃から男同士の熱い友情物語に心をときめかせていた私は、思春期に「アニパロ」「JUNE」に出会い、腐女子街道をまっしぐら。
しかし就職したのをきっかけに、腐の世界からは卒業したのですが。
何故か最近……戻って来てしまいました。もう足抜けは出来ないような気がします。
そのものズバリのBLよりも、匂い系が大好物。何もないところを深読みし、勘ぐって妄想を暴走させるのが得意なむっつりスケベです。
このコラムに寄せられた感想
2012年09月11日 LILIs
No Title
尾鮭さんの断筆は2005年だそうですよ?私も愛読して
ました(知ったのは遅かったけど)。相当な才能があった
のに、末期はポルノになってしまったのが残念…。5年位
前から、ブック・オフみたいな大型古本店では、彼女のみ
ならず、彼女がルビー文庫で出ていた時代のものからごっ
そりと商品がなくなっている。版元でも多分9年程前から
もう絶版なんでしょうね。又、作家やって欲しいですけど。



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