最近は殆どBL作品を発表していないまんだ林檎氏だが、私にとっては重要な作家の一人である。氏の代表作である『コンプレックス』シリーズでは主人公の幼少期から死に至るまでを描ききり、その構成力と共に中年・老人を無理なく描ける画力に唸らされたものだ。 本作はコミックス『狂いもえせず』(竹書房)に収録のわずか16ページの短編である。かつてレビューした際には、この非常に特殊な短編ばかりを集めたコミックスをうまく取りまとめるべき言葉が見つからず、本作についても「ある意味一番愛にあふれているのは最後に収録されている『ケツメイト』のような気がするが、これはオヤジ受けのSMモノ(ただしコメディー)という非常に強烈な一品」と書くよりなかったのだが、これを機会に少し掘り下げてみたい。 リストラ・借金・妻子に逃げられるなどの不幸に見舞われた団塊世代の小太りの男・滝田三郎は、自殺しようと岸壁にたたずむところを、トンボのようなサングラスを掛け、素肌にヒョウ柄のジャケットと毛足の長いファーマフラーを着用したエキセントリックな雰囲気満点の謎の美青年に「私の肉奴隷にならないか」と誘われ、彼の屋敷について行く。当初理由の分からない厳しい調教に滝田は絶望する。しかも閉じ込められた檻の中で発見した、まるでデートスポットやラブホテルにおいてあるような「思い出ノート」に書かれていたのは、なぜかこの調教で「生きる活力を取り戻した」などという感謝の言葉と別れの挨拶ばかりで、滝田の理解の範疇を超えている。しかし美青年の下僕である天使のような美少年によれば、ご主人様は「真性のゲイでサドでファザコンでジジ専」であり、「絶望の淵をさまよう団塊世代オヤジをいたぶり、足元にひざまずかせ、身も心もズタズタに引き裂きたい」のだが、「岸壁で拾ってきたオヤジ達は調教によりどうしたわけか生きる気力に目覚めてしまう」というのである。実際、約1ヶ月を経てほどよくやつれた滝田の姿はもはや普通の美中年(おかしな表現だが、読めばきっと納得してもらえると思う)であり、ご主人様である美青年のお仕置きに愛を感じるようになってしまったからには、彼の元に居続けることは叶わないのである。 本作において重要なのは、調教シーンの描写である。ワキ毛・ヘソ毛・スネ毛を伴う(さすがにケツ毛はない)、むっちりと肥った体を縛り上げられたボンレスハムのような滝田の体はBLにはあるまじき醜さと言ってもいいだろう。 しかも本作では調教シーン以外でも滝田は全裸で檻に入れられているため、16ページ中実に10ページにその肥った裸がさらされているのである。まんだ氏の画力によりこのとんでもない作品は妙な説得力を持ち、醜いにも関わらずそれほど不快ではない読後感が希有である。そして萌えどころなど皆無である異様な作品であるにも関わらず、なぜか繰り返し読んでしまうのは、美青年の孤独と、態度とは裏腹の愛情への共感からなのであろうか…。 本作には書き下ろしのおまけ『まぼろしの村』がある。屋敷を追われた滝田がたどり着いた先には同年配の美中高年男性が多数住む集落があった、というものである。当然彼らはかつて美青年の調教を受けた者達である。滝田自身は額やや広めのデブであったが、集落に住まう人々を見ると、白髪あり・角刈りあり・すだれありと髪型一つとっても実にバラエティ豊かで、美青年が何年も前から、風貌にとらわれることなく「世を儚んだ団塊世代男性」を一本釣りしてきたことが分かる。たった3ページなのに非常に情報量の多い、秀逸なおまけである。